主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【短編集】※次作鋭意考案中※
いつの間にか息吹の姿が消えていたので、若葉は少し悲しい思いをしながら屋敷の中へ戻り、1番広い部屋の立派な屏風の前で丙と一緒に腰を下ろした。

後は祝いに来る来客の対応と、そして――

「若葉、今夜は…その…うちの両親は離れに泊まるらしいんだ。俺たちを2人きりにさせたいからって」


「…うん」


「意味…わかるよな?その…俺と若葉はこれで正式に夫婦になったから…その…」


頬を赤らめながら言いにくそうに小声で話しかけてくる丙が言いたいことは、わかる。

夫婦になるからには、夜伽も当然のこと。

女として求められていることに喜びを覚えることのできない若葉は、相槌を打ちながらもやりきれない気分になっていた。


だが丙も丙の両親もとても喜んでいるし、来客の数は多く、やり手の豪商の長男として生まれてきた丙もまた周囲に愛されながら育ったのがわかる。

自分とはこんなに違う――

親の顔さえ知らない自分を迎えてくれる丙たちに感謝しなければならないのに――


「そろそろ終わる。ああやっと袴が脱げる!若葉も疲れただろ?早くそれを脱い…ち、違う、変な意味じゃ…」


「ひのえちゃん…私…お風呂に入って来るね」


「えっ!?あ、うん、ゆっくり入っておいで」


陽も暮れて、丙の両親は使用人たちと共に離れの建屋へ移動してしまい、丙と2人きりになった若葉は、息吹から贈ってもらった白無垢を丁寧に脱いで畳むと、手足を伸ばせる大きな檜の浴槽に身体を沈めた。

…銀と暮らしていた小さな家では脚を伸ばすこともできないほど狭くて、ぎゅうぎゅうになりながら一緒に風呂に入ったことが思い出されて、また胸がきゅうっとなる。

道を分かつ決意をしたのだから、これからはもうこうして銀を思うこともやめた方がいいのだろう。

今夜はこれから…丙に抱かれるのだ。


「…ぎんちゃん…」


口から突いて出た名は丙の名ではなく、ぎゅっと唇を噛み締めた若葉は、丁寧に身体を擦って髪を洗った後、真っ白な浴衣を着て丙の部屋の襖を開けた。

いつからそうしていたのか、固まったかのようにあぐらをかいて座っている丙の隣に座ると、びくっと身体が揺れてかくかくと顔が上がった。


「ひのえちゃん?」


「お、俺っ、風呂入って来るっ!すぐ上がって来るから!」


部屋を飛び出して行った丙を見送った後、部屋にすでに敷かれてある床を見て、胸がきりきりと痛んだ。

これでいいのだろうか。

これでいいのだろうか、と何度も自身に問いかけて、先程の丙のように正座して固まってしまった。
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