主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【短編集】※次作鋭意考案中※
丙と若葉の生活は、とても穏やかで――そして、温かみのあるものだった。

生まれた時から両親は居らず、また捨てられた身の自分をここまで親身にしてくれる丙の両親と、そして待ち続けてくれる丙――


夫婦になってから半年が経ち、豪商の長男の嫁として、一緒に畑に出て汗を流し、笑い声に包まれながら暮らす日々。

これが人の暮らしなのだ、と思った。

そして…


人の暮らしとは、こんなに平凡なものなのか、とも思った。


「若葉、母さんが風呂に入って来いって。…若葉…その…今夜は…どうだ?まだ…駄目か?」


「…ひのえちゃん…」


丙と若葉はまだ正式な夫婦の契りを交わしていない。

未だに若葉がそれを拒み、また丙も若葉の口から銀の名を聞きたくないので、あまりしつこく言い寄ることはなかったが…もう半年経つ。

親からは“孫はまだか”と言われ、孫ができるはずがないのにそう言われ続けて、だんだん若葉の立場が悪くなることも目に見えている。


丙は俯いてしまった若葉の頭をぽんぽんと叩いて優しく抱きしめた。

それだけは唯一許されていたので、若葉が抵抗することはなかったが…唇を求めようとすると、やはりまた拒絶された。


「若葉…俺結構我慢してると思うんだ。…半年経つ。契りはまだいいとしても唇くらい…」


「…うん…そうだよね…。私たち夫婦になったんだから…唇くらい…」


許しが出た途端、丙は若葉の顎を取って上向かせると、顔を斜めにして近付けて唇を奪った。

想像以上に若葉の唇はやわらかく、夢中になって何度も押し付けていると、若葉が着物の袖をぎゅっと握って身体を強張らせた。


それ以上は駄目なのだと悟った丙は、半年を経てようやく口づけまで進むことができたことにとりあえず満足してまた若葉を抱きしめる。


「すごくやわらかかった…。また…してもいいか?」


「……うん」


そう言って小さく笑った若葉が部屋を出て行くと、丙は火鉢を引き寄せて身体を温めながら、がりがりと髪をかきあげた。

…正直言って我慢も限界に近いのだが、無理強いをすれば若葉に嫌われてしまうかもしれない――

それだけは避けたいので耐えているがいつまで我慢できるのだろうか?


「まだ…銀さんのことが好きなのか?若葉…」


小さな呟きは心の中で大きく反響して、丙を悩ませた。
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