主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【短編集】※次作鋭意考案中※
「ぎんちゃんが…どうかしたの?まさか病気とか…」


「…ううん、そうじゃないよ。元気だけど…でも少しお酒の量が増えたかな。今毎日会いに行ってるの。銀さん、前に暮らしてたお家に戻ってるの。お洗濯とかご飯は私がやらせてもらってるから安心してね」


「…ぎんちゃん…」


それっきり絶句してしまった若葉の頭を撫でた息吹は、これ以上若葉が心配しないようにと話を変えたかったが、若葉は強い口調で銀を諭した。


「そんなんじゃ駄目。ぎんちゃんを煩わせたくなかったから出て行ったのに、どうしてそんなことになっちゃうの?ぎんちゃんが望んだようにお嫁に行ってせいせいしたはずなのに」


「若葉…それは違うよ。銀さんは思ってもないことを口にして、思ってもないことになってしまって、苦しんでるの。…もう若葉は丙の奥さんになったんだから、銀さんのことはもう私たちに任せてね。でないと丙が可哀そうだよ」


――半年の間に少しだけ大人びた若葉の手を握った息吹は、畑仕事で少し荒れている手を撫でて、優しい笑みを浮かべた。


「赤ちゃんはもうそろそろ?生まれたら抱っこさせてね。赤ちゃんの匂いをいっぱいつけて帰って、私が代わりに銀さんに抱き着いてあげる」


茶目っ気たっぷりに言ったはずなのに、若葉はどこか放心したような表情で、弱々しく首を振った。



「赤ちゃんなんて………お姉ちゃん…いい匂い…。私…ぎんちゃんの匂いが大好き。……ぎんちゃんが……大好き…」


「…若葉………」



とうとう想いを口に乗せて唇を噛み締めた若葉を抱きしめた息吹は、銀と若葉の微笑ましい会話を思い出して、何度も背中を撫でてやる。

…銀も若葉が幼い頃は実の娘と思って育ててきただろうが、今は違う。

離れていることで互いに想いはいっそう募り、ここまで駆けて来て若葉を攫ってしまいたいだろう。

いっときの幸せを手に入れるかもしれないけれど、その“いっとき”を失ってしまえば一体どうなるか――


自分と主さまが長年抱えた悩みを銀が抱え込むことになり、苦しむ姿は見たくない。

だからそう思って丙と若葉の仲を渋々応援したというのに――


「銀さんが…好きなの?男の人として?」


「…うん…。ぎんちゃんが好き。ぎんちゃんの傍に居たかった。でも迷惑だから家を出たの。娘に告白されて受け入れる親なんて居ないでしょ?ぎんちゃんはどうせ私のこと、小娘位にしか思ってないんだから」


“それは違う”と言いかけた。

息吹はぐっとその言葉を呑み込み、若葉が落ち着くまで抱きしめ続けた。

そして丙は…

庭でその会話を盗み聞きしていて、立ち尽くした。
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