主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【短編集】※次作鋭意考案中※
笑い声の絶えない家だったはずなのに――

それはいつしか、怒鳴り声の絶えない家になってしまっていた。


丙が事あるごとに家を空けるようになり、帰って来るのは陽の出と共に。

その間若葉は1度たりとも先に寝ず、どんなに体調が悪くなろうとも不眠で待ち続ける。

丙の両親は、まだ新婚でとても仲が良かった2人の関係が変わってしまったことを嘆き、若葉を独りにして遊びに出て行ってしまう丙を責め、糾弾した。


「お前はいつもどこに出かけているんだ!?若葉ちゃんの体調が悪いのに一体何を考えているんだ!」


「息抜きしたい時だってある!若葉には……悪いと思ってる。だけど俺だって……もういい!畑仕事はちゃんとやってるから別にいいだろ!?放っといてくれ!」


居間では怒鳴り声が響き、身を竦めて両手で耳を塞いでいた若葉は、とても悲しい気持ちになって唇を噛み締めた。

朝になれば丙は戻って来て、いつも“ごめんな”と声をかけて頭を撫でてくれる。

だが…


ひとつだった床は、いつしかふたつになった。


拒まれているのだ、と感じたし、また丙を拒んでいるのは、自分。

後ろめたい気持ちがあるので、丙を責めることもおかしいと思う。

だが丙は一体どこに出かけているのか?


――ある夜いつものように夜になると丙が出かけて行った。

若葉は闇に紛れることができるように濃紺の着物と羽織を羽織ると、早足でどこかへ向かっている丙の後を追いかけた。


「ひのえちゃん…どこに行ってるの…?ごほっ」


咳が込み上げて、口を押さえながら後を追いかけると――屋敷から徒歩10分程の距離の長屋の戸を丙は叩いた。

そしてそこから出て来たのは…



「…え……?女の…人……?」」



丙を笑顔で出迎えたのは、目元の垂れた優しげな女で、きっと女の友人なのだと思い込もうとしたが…


その女は丙の手を引き寄せて、自身の腹にあてた。


曲がり角でその様子を息を潜めて見ていた若葉は、決定的な一言を、聞いてしまった。



「おっとさんが会いに来てくれたわよ。さあ寒いでしょう?中へ入って」


「ああ…」



戸が閉まり、暗闇が若葉を包み込んだ。

膝から崩れ落ちた若葉は、丙の不貞の現場を見てしまい、ぶるぶると瞳を震わせた。


「ひ、のえ、ちゃん……女の…人………赤、ちゃん…………」


…優しく接してくれていた夫は…変わってしまった。

女を作り、あまつさえ子までも作り、朝まで家に帰って来ない生活――


丙は、変わってしまった。

自分が…変えてしまったのだと痛感し、声にならない嗚咽が喉から込み上げてきた。
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