主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【短編集】※次作鋭意考案中※
長い間若葉と暮らしていた小さな家で寝転んでいた銀は、軽快な足取りで駆けてくる何者かの足音を聞いて耳をぴくりと動かした。

だが若葉を失ってから絶えず倦怠感に襲われている銀は寝転がったまま身体を起こさなかったが、がりがりと戸を引っ掻く音が続いたので、仕方なく身体を起こして戸を開けた。



「猫又か。なんだ、どうした?」


「若葉が戻って来たにゃ」


「…なに?どういう意味だ?今どこに居る?」


「主さまの屋敷にゃ。…凍り付いてるにゃ。自殺しようとしたにゃ」



目を見張った銀は、すぐさま家を飛び出て駆けた。

駆けて駆けて…懐かしくて愛しい匂いが近付いて来ると、庭で待ち構えていた晴明の前に息を切らしながら立った。


「晴明、若葉は大丈夫なのか!?」


「1度意識は戻ったが、また失った。…吐血を繰り返している。私が煎じた薬が効けば、なんとか命は取り留めるだろう」


「何が起きた?自殺とはどういうことだ!」


「丙が不貞を働いた現場を若葉が見たのだ。だがその丙が若葉を救ってここへ連れて来た。いいか、まだ丙に危害を加えるな。若葉がそれを望んだならば…やるがいい」


「不貞……?丙が…浮気をしたということなのか?」


「ああ、しかも女は孕んでいた。銀よ、今は若葉の傍に居てやるのだ。そなたはもう若葉を手放してはならぬ。傍に居て死の淵から若葉を救ってやれ」


怒りで目の前が真っ赤になったが、1年近くも若葉に会っていない銀は、屋敷の中へ駆け込んで若葉の匂いを辿り、勢いよく襖を開けた。

そしてそこに寝ていたのは…


「…若葉…」


1年近く見ていない若葉は少し大人びたように見えて、両手両脚の指先には包帯が巻かれていた。

銀は枕元で膝を折ると、若葉の口元に手をあてて息をしているのを確認してぎゅっと瞳を閉じた。



「…こんな目に遭わせるために、嫁に出したんじゃないぞ…」


「銀さん…」


「お前が幸せになれるならと思って……自殺したいと思うほど苦しんでいるなんて、知らなかった…」



主さまは息吹の肩を抱いて立ち上がらせると、部屋を出て銀と若葉を2人きりにした。

凍傷になりかけて手当てされた指を恐る恐る引き寄せて頬にあてると、手はあたたかくて、胸に熱いものが込み上げてきた。



「もう…どこにも行くな。若葉…」



もう離さないと、決めたから。
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