執事ちゃんの恋




「でも、もう解消しました。何年も前のことです」

「……」

「だから、ヒヨリが心配するようなことなんてないんですよ」


 健がヒヨリを慰めるように頬をひと撫でし、時計を見る。

 
「そろそろ行かないとまずいですね。コウが学校から帰ってくる」

「そ、そうです……ね」

「ヒヨリがいないと、コウが拗ねるかもしれませんからね。急ごうか」

「は、はい」


 コクコクと何度も頷く様は、どうみても動揺しているようだ。

 ヒヨリは、そのあと何も話さなかった。

 ただ、じっと前だけを向いたまま。健の顔を見ようともしない。

 さすがに重ぐるしい雰囲気に、健は白旗をあげ降参した。


「ねぇ、ヒヨリ。笑って?」

「え?」

「そんな仏頂面のヒヨリは、ヒヨリじゃありませんよ。可愛く笑ってください、私だけのために」

「た、健せんせ」



 慌てふためき、やっと運転席のほうを向いたヒヨリに、健はまっすぐを向いたまま強く言い切った。


「ヒヨリは何も心配することはありませんよ」

「健せんせ……」

「パーティーのことも、美紗子のことも。心配する必要はどこにもない」

「……」


 再び黙りこくってしまったヒヨリに、健は優しく話しかける。


「私の言っていることが嘘だと思っていますか?」


 彼女は首をブンブンと横に振る。

「健せんせ……」

「だから心配することはないんです」

「そう……そうですよね」


 やっと声に張りがでてきたヒヨリに、健は安堵した。


「さぁ、もうすぐで屋敷に着きますよ? 準備はいいですか」

「はい」


 チラリと健は横にいるヒヨリに視線を向けた。

 そこには背筋を伸ばし、キリリと表情を引き締めた執事ヒナタがいた。


 健は、こっそりとため息を零したあと、文月邸へと急いだ。





 

 

 
 

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