お腹が空きました。
ス…ッッと紗耶は息を呑む。
隣の杉崎からじっと視線が届いているのは分かっていた。
しかし、凍った自分の横顔は溶けてくれない。
「……あー・・、んっと、何?」
紗耶は妙に冷たい携帯を耳に当ながら静かに言った。
『無視されてんのかと思った。』
「……。」
『でも着信拒否されてなくてホッとしたよ。紗耶、元気?』
「うん…、でも、……その、何か用なの?」
…わすれてた。
あの日の晩。
彼が知らない女の子を笑顔で連れていた日。
勢いで彼のアドレスを削除したんだった。
ほんと、消した事自体忘れてた。
『んー?なんとなく声が聞きたくなって?』
は?
紗耶は思わず眉間にシワを寄せる。
良介には彼女がいる。
なのに元カノに用もないのに電話をし、しかも『声が聞きたい』?
紗耶は苦痛にも似た内臓の締め付けを覚えた。
「私出先なんだ…。それにもう、今後一切かけて来て欲しくない。」
『ちょいまち!切るなよ紗耶!俺達友達だろ?』
友達?
想定外の単語に、紗耶は通信停止ボタンを押す手を止める。
『ごめんっ、声が聞きたかっただけなんて嘘。…デリカシーなかったよな。そうだよなぁ。本当にごめんっ。実はな、ちょっと悩み事があって電話したんだよ。』
慌てたようにまくし立てる良介に、紗耶は戸惑いながら考えていた。
友達?
私と良介が?
『実はさ、彼女がさぁ……でさ、……、』
早口で喋る良介の言葉が耳を通過して行く。
紗耶は友達の定理と良介と自分の関係を半分パニックになりながら比較した。
友達?友達だったら悩みとかも聞くものだけど…
良介と友達という言葉が余りにもかけ離れていて紗耶は顔を歪める。
『それでさ』
「ごめん良介…私、やっぱり友達とは思えない。」
良介をひきづってるなんて微塵も思って欲しくないけれども、それでも紗耶は良介を友達なんて思えなかった。
「私達は友達に戻ったんじゃなくて、他人に戻ったんだよ。…私、やっぱりそれなりに傷付いてたみたいだしさ。ちょっと簡単には割り切れない。ごめん。…それに、」
紗耶はすっと杉崎に視線を移し、優しく微笑んだ。
「私、好きな人いるしね。私が逆の立場だったら、彼氏に元カノと電話とかあんまりして欲しくないな。やっぱ嫌でしょ?だからもう、ね。切るね。…じゃあ。」
ブツっと通話を切り、紗耶はふうっと息を吐いて背筋を伸ばした。