幸せまでの距離
自分の心が傷ついたことがあるからこそ、傷つ けることの罪深さが分かる。
他人を傷つけたことがあるからこそ、自分の攻 撃的な部分を表現することにためらいが生まれ る。
ミズキの言う『傷を受けることで生み出せる優 しさ』とは、そういうことを示すのだろう。
「わかるよ、ミズキの言ってることも。
ここの家に来てから、傷つくことも無くなっ た。
日常的にあった親からの暴力や暴言も、ここに はない。
当たり前のように大切にされて、当たり前のよ うに食事や服を与えてもらえる」
数ヶ月前のメイには想像もできなかったほど平 穏な暮らしが、ここにはある。
「でもね……。だからって、私の中身までもが すぐに変わるわけじゃないんだ。
生まれてから今までの環境を、体が覚えてる。
お母さんは心配してたけど、入学式の前に絡ん で来たカナデのことだって、痛み慣れした私に とっては大したことないんだ」
メイのいない夕食時、ミズキは、母・菜月から 専門学校の入学式でメイに怒りをぶつけていた カナデの話を聞いていた。
メイはそれを察して、今はカナデのことを語ら なかった。
「環境が変わって心境も変わった。
でも……。私は……」
自分の中に刻まれた過去。
変えようのない生い立ち。
人を傷つけたこと。
人に傷つけられたこと。
それらは何をどうひっくり返しても決して消せ はしない心のシミとして、メイの中に息づいて いる。