幸せまでの距離
メイは転ぶようにその場から立ち上 がり、リクのことを猛獣を見るよう な目で見ている。

メイのとっさの動きによって猫達は いっせいに逃げ出し、リクがメイの 背中に羽織らせたスーツはきぬ擦れ の音と共に地面に落ちた。

「ごめんっ!」

リクは謝った。

よく考えたら、いくら自宅の敷地内 とはいえ、夜中、背後に人の気配を 感じたら、女性なら多かれ少なかれ 恐怖を感じてしまう。

「メイ、ごめん……」

しばらくの間、メイは視線を左右に 動かし、全身を小刻みに震わせてい た。

リクの言葉は届いていない。

たとえばリクが、彼女を落ち着かせ るためにメイを抱きしめても、メイ はそれを拒絶するだろう。

「メイ……」

リクの視界は薄い涙の膜で歪む。

“こんなに傷ついてるって目に見え て分かるのに、俺には何も出来ない の……?”

メイが虐待を受けて育ってきたのだ ということを、まざまざと思い知ら される瞬間だった。

今ここにある普通の暮らしがツクリ モノであるかのように感じてしま う。

恐怖という感情は、長らく人を縛り つけるもの。

リクは、こういう状態のメイに何の 手助けもできない自分が情けなかっ た。

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