オレンジ
そう言うと彼女はまた立ち上がり、今度はテーブルの食器や空き缶を片付け始めた。

「あ、いいよそのままで。俺やる」
「いいの。休んでて」
「…ごちそうさま」
「どういたしまして。味、大丈夫だった?揚げ出し豆腐なんて、初めてつくったから」
「うそ、マジ?すげぇ。うまかったよ」
「なら、よかった」

お世辞ではなかった。

「あたし、これ洗ったら帰るね。そろそろ終電だし」
「あ、うん。送る」
「大丈夫だよ、なんか眠そうだし」
「いや、大丈夫じゃないし。駅まではちゃんと送りますよ」

彼女の言葉は、アルコールに火照らされた俺の頭だけでなく、心も少し冷まさせる。
いつも、そうだった。
夜に俺の部屋へ遊びに来ても、彼女は絶対に泊まらない。

そして最近は、必要以上に俺に近寄らないし、さっき髪の毛を触ったときも、一瞬少しだけ身を固くしたことにも俺は気付いていた。

外を歩いているときは手を繋いでもそんな風にはならないのに。
キスだって、車の中とかカラオケの中とかなら、何度もしたのに。
部屋でもキスくらいなら何度もしたし、DVDを見ながらくっついたりとか、そのくらいのことはしてきたのに。

俺は気付いていた。

彼女が、それ以上の展開をあえて避けようとしていること。

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