オレンジ
彼のキスが、その深さを増すにつれて、頭の芯に麻酔がかかったみたいに、あたしの思考は停止する。
不意に、彼はその動きを止めて目を開けた。
息がかかる距離で、視線がぶつかる。
熱を帯びたその瞳には、明らかにさっきまでの彼にはなかった、
今まであたしが見たことのない、色が見えた。
愛おしそうに見つめてくれたことはあっても、こんな目で見られたことは、ない。
「ごめん」
「え…?」
「なんか、ごめん。…とまんない」
「……………」
「こっち、おいで」
玄関で、靴も履いたままだったあたしは、彼に腕を引かれるがまま、サンダルを脱ぎ捨てる。
何度となく足を運んだこの家で、唯一あたしが足を踏み入れたことのなかった寝室に入るや否や、もう一度きつく抱き締められる。
そしてまた、力を緩めると、ほんの少しだけ不安そうな表情であたしの顔を覗き込んだ。
「…いいの?マジで」
あたしは頷いた。
どうしたって、恐怖心は完璧には拭えないけれど。
でも、それを抱えながらもいつか必ず誰
かとすることになるのなら、今、彼とがいい。
その想いを自分で確認するかのように、あたしはもう一度、言葉にした。
「いい。…です」