オレンジ

「どっか行く?このまま。飯でも食いにさ。最近家ばっかだったじゃん」
「…まだ、あんまりお腹空いてないんだ。ごめん」
「…そっか」

あてもなく車を走らせていると、六本木方面に近付いていた。
あたりは少し薄暗くなり始めている。

今朝まで一緒にいたのに、夕方にはまた「会いたい」なんて、彩乃にしては珍しかった。
いつだって、夜にうちに来ることでさえ、彩乃は前日には連絡を寄越す。
でも、自分から会いたいと言ってきた割には、今この状況が全く楽しそうではない。
黙ったまま窓の外を眺めている彩乃に、俺はかける言葉を見失い、たまらず吸いたくもない煙草に火をつけた。

彩乃とは、まだ一度も喧嘩らしい喧嘩はしたことがない。
だから、俺にはわからない。
彩乃が、怒るとどうなるのかも、どんなことについて怒るのかも。
今朝まで一緒だったとは言え、また会えるとなれば素直に嬉しかった。
そして、普段あんまり自分から自分の気持ちを口に出さない彩乃のほうからの申し出に、俺の心は弾んでいた。

けれど、その浮き足立っていた気持ちはすでにどこかへ失せてしまっている。
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