オレンジ
secret〜takuma〜

職場である、品川の駅からほど近いマンションの一室を後にして、俺は駅へ向かっているところだった。

なんだか今にも雨が降り出しそうな空を見上げて、置き傘を取りに事務所に帰るべきかどうかと巡っていた思考を、携帯の振動が中断させた。

仕事が終わったタイミングでの着信に、俺は彩乃を期待したが、液晶に表示されたその名前を見て少しテンションが下がるのを感じた。

「もしもし」
「あれ?ねぇ拓真、今どこにいるの?」
「どこって、品川だけど」
「え?品川?仕事だったの?」
「…そうだけど」
「なんだぁ。ゆかりが休みって言ってた
からてっきり拓真もそうなのかと思ってたのに、違ったのね」

ミナミはあからさまに残念そうに、ため息混じりで言う。

「だから、俺はゆかりとはもう配属が違うんだって。何回も言ってんのに」
「そうよね。わかってるつもりなんだけど、つい」

ミナミはそう言って照れ臭そうにふふ、と笑う。

「それはいいけど、何の用?」
「あ、ほら、ショコラ。返しに行こうと思ったのよ、そろそろ」
「あぁ」

犬嫌いの旦那との結婚のために、ショコラを一緒に連れて部屋を出ることを諦めたミナミ。
その旦那とは本格的に別居を始めたと言う。

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