オレンジ
しかし事態は、俺の知らないところで思いもよらない方向へと転がっていた。

部屋の鍵を開けた瞬間に鼻腔に飛び込んで来た、いわゆる「晩御飯の匂い」というやつで、俺はすぐに異変に気付いた。
玄関の三和土には、ベージュのスエードのパンプスが綺麗に揃えて置かれていた。

確かに合鍵は渡してあったけれど、それはかなり前のことで、彩乃がそれを使ってこの部屋を訪れることなんてこれまで一度もなかったので、俺は渡していたことすら忘れかけていた。

「彩乃ー?ただいまー」

部屋にいるのなら、俺が帰ったことに気付いている筈だ。
それなら出迎えてくれてもいいのに、とは少し思ったものの、料理をしてる音でもしかしたら物音に気付いていないのだろうか。

そう思いながらリビングへ入るとすぐに、ガスコンロの前に立つ彩乃の後ろ姿が目に入った。
リビングのドアを開ける音に反応してこちらを振り向いた彩乃は、少し驚いたような顔をしている。
やっぱり気付いていなかったらしい。

「彩乃、来てたんだ」
「うん。お帰りなさい」
「ただいま。なに作ってんの?」
「キムチ鍋だよ」
「マジ?うまそう」
「もうすぐできるよ」

ニコッと微笑んで、彩乃は言った。
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