オレンジ

彩乃はキムチ鍋を2つの皿にそれぞれよそうと、それを持ってリビングへ行こうと俺の横を通り過ぎた。

「お箸、持ってきてくれる?」
「…うん」
「拓真、ビールは?お水でいいの?」
「あ…うん」

答えてから、正直、今からミナミのところへ行っている場合ではないと思い、言い直した。

「いや、ビールかな。やっぱ」

半ば独り言のように呟いて、2人の箸を片手に、冷蔵庫を開けた。
ミナミは具合が悪いと言っていたから申し訳ないが、こうなったら仕方がない。
あと1日、ショコラの面倒を見てもらうしかない。

「ご飯も炊いてあるからね。あ、うどんもあるけど。〆はどっちがいいかな」
「あー…うん。どっちもいいな」

いただきます、と両手を合わせてから、熱々の豆腐にフーフーと息を吹きかけている彩乃は、もういつもの彩乃に戻っている。

俺の気のせいだったのだろうか。

しかし、やっぱり目は合わせないままだ。

彩乃は言葉を発することなく、黙々と野菜を頬張っている。
発泡酒のプルタブを開けた小気味好い音が、やけに響いた。
< 193 / 207 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop