オレンジ

「どうして、あゆみさんが拓真の家に来るの?」

彩乃はそう言って、まるい瞳で俺を見上げた。
取り乱すわけでも、責めるわけでもない、ただ平坦な声なのに、俺の胸には一言一句が突き刺さるようだった。

彩乃は、ゆっくりとその華奢な左手で、彩乃の右腕を掴む俺の手を引き剥がす。

「どうして?」

もう一度問いかける彩乃の目を、俺は見ることができない。
いつも優しく穏やかな眼差しを俺に送ってくれる筈のその瞳が、今は痛い。

友達だ、と誤魔化すこともできない。
あゆみー俺にとってはミナミだがーとの関係性を今まで黙っていたことこそが、その裏に後ろめたいことがあるということを如実に示しているからだ。
どうしてもっと早く打ち明けておかなかったのかと悔やんでも、もう遅い。

「…ごめん」

思わず口をついて出たのはそれだけだったが、彩乃は答えない。
少し躊躇いながら顔を上げると、彩乃は今にも溢れそうな涙をいっぱいに溜めた目で、俺を睨んでいた。

「謝ってほしいんじゃない。どうしてかって聞いてるの!」

そう叫ぶと同時に、大粒の涙がふたつの目から流れ落ちた。


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