オレンジ

付き合って初めて目にする彩乃の泣き顔だった。
厳密には初めてではないが、今まで見たことがあるのは、TVや映画を見てもらい泣きしているときだけだ。
彩乃が、そういった影響を受けない状況で自身の感情だけで流す涙を見たのは初めてだった。
喧嘩とまではいかないくらいのちょっとした言い争いなら何度もしたことはある。
彩乃はいつもそういうとき、泣きそうな表情になることはあっても決して涙を流すことはなかった。
今それを流させているのは俺なのだという事実が、どうしようもなく胸を締め付ける。
しかし、今の俺はそれを止める術を持たない。
抱き締めて、背中をさすってやることも許されない。
俺にできることはただ、彩乃の涙を余計に流れさせてしまうことをわかっていながら真実を話すことだけなのだ。

「…前に、付き合ってたんだ」

それを口にしてようやく俺は、自分自身の心の奥底に眠っていた気持ちに気付いた。

お前のバイト先のオーナーは俺の元カノなんだと、なにかの話しついでに軽いノリで打ち明けることができなかったのは他でもなく、俺の想いがまだミナミに残ったままだからだ。

彩乃を好きなのは本当でも、まだどこかで燻り続けていたミナミへの想い。
俺が隠したかったのは、それだ。
< 198 / 207 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop