オレンジ
「…前に話してた元カノが、あゆみさんなんでしょ?」

拓真は黙って頷いた。

南澤あゆみ。
結婚する前のあゆみさんの名前は、前になにかの拍子で聞いたことがある。

「彩乃。俺は、彩乃が好きだよ。ちゃんと、好きだよ」
「今はそんなこと聞いてない」
「でも、お前はそれも疑ってるよな?」

お前、と拓真があたしを呼ぶのは、気持ちが昂ぶっている時だけだ。

それは、疑いたくない。
信じたい。
そうは思っていても、裏切られたという想いもすぐには消せない。

「ミナミ…あゆみとは、付き合ってたよ。この部屋で一緒に暮らしてた。別れたときのことは、前に話したとおりだよ」
「…………」

拓真はようやく目線を上げてあたしを見たけれど、その目はとても寂しい。

「別れてから、あの店をやってたことも知らなかったんだ。けど…今年の頭くらいかな。いきなり連絡が来て、会いたいって言われた。正直、俺はあいつのこと引きずってたし、会いたいとも思った。だから…」

それはまだ、あたしと拓真も、あたしとあゆみさんも出会う前の話だ。
だからあたしの入り込む余地なんてない。
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