俺と初めての恋愛をしよう
 コーヒーではなく水を飲みにキッチンへ行く。

「付き合い出したのは、ここ一か月くらい。いや、一か月ないか……。で、先週から一緒に住んで、プロポーズされたの」
「ちょっと、凄いスピードなんだけど。どんな方?」

 水を飲んで落ち着き、今度は質問攻めだ。

「同じ会社の部長で、後藤 俊介さんって言うの。仕事が出来て、部下からの信頼も厚いひとなの」
「身長は? お母さん背の高い人が好みなのよー。お父さんは見ての通りちんちくりんでしょ?」

夫をそこまで言うのは、恋愛結婚をしても熱が冷めるからなのだろうか。これから結婚する今日子には、少し考えさせられてしまう。

「えーっと、確か、180センチはあると思うよ?」
「わお、最高ね!で、髪は、ハゲそう?それともハゲてる?」

後藤のことを聞く母親は、すでに少女のような目をしている。

「お母さん!」
「あら、重要なことよ? いい? 今日子。デブは妻の力で痩せさせたりまた太らせたり自由自在に出来るの。でもハゲだけは難しい。お手上げよ。プロに力がいるの」

 いつでもそうだったが突拍子もないことを考えてたり、行動を起こすのが母だった。すっかり忘れていた。

「ふっさふさよ!ハゲそうもないし、気配もないよ」
「そう、じゃお母さんは問題ないわ。今日子、おめでとう幸せになるのよ?」
「え!? それだけでOKなの? お母さんは」

 母には慣れているはずの今日子でも流石にびっくりする。

「……今日子、今まで絶対に言わないでおこうと思っていたことは、あなたに彼氏を作りなさい、好きな人を作りなさい、いい歳なんだから結婚を考えなさい……だった。今日子は今まで、一生分の傷を心に受けた。お母さんは死ぬまであなたを苦しめた人たちを許さない。そう決めていたから。許すことも必要だと毎日思った。でもお母さんにはできなかった。輝かしい青春時代をあなたは過せなかった」

 涙ぐむ母に苦しかったのは自分だけではなかったと知る。
 子の幸せを望む親としての苦悩は今日には計り知れないものがあったのだろう。


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