やさしい色

「持ってきたの、ついさっきだよ。それにしてもすごいね」


 チョコの山を目で示すと、うんー、と入栄は気のない声で応じた。

 プレゼントたちにはほとんど目もくれずに通り過ぎ、入栄は自分の机を覗き込んだ。

 何かを探すようにしながら、


「吉崎さんからは、ないんだ?」

「え?」


 取りだしたノートで、どうしてか入栄は柊の額をぺちんと叩いた。


「え、じゃないよ。チョコですよ。チョコ。チョコレート。今日は何の日? チョコの日。バレンタインの贈り物は?」

「へっ」

「へっ」


 空気が抜けたような柊の間抜け声を、入栄は大仰な顔真似も一緒に真似してみせた。

 柊は唇を歪める。


「意地悪」

「いじめたくもなる」


 拗(す)ねたように言って、入栄は僅かに顔を逸らした。

 ちらちらとこちらを窺う眼差しがどこか恨めしそうで、柊は反応に困った。


「……俺、だって吉崎さんからチョコもらいたいって、今日1日そればっか考えてた。

 ずっと期待してたんもん」


 柊は目を剥いた。

 だがすぐに思い直す。



「またまた」


 笑って、入栄の横を通り抜けようとして、いきなり手首を掴まれた。

 声を上げる間もなく力任せに引き寄せられ、気づくとすっぽり腕の中、後ろから抱きしめられる恰好で収まっていた。


(―――!?)


 糸の切れた間抜けなマリオネット―――

 窓、眼球が飛び出しそうなほど瞠目したまま硬直する自分の姿が映る。

 首の根元に入栄の吐息が触れた瞬間、全身に電気が走ったようだった。

 柊は金縛りが解けたようにもがいた。

 入栄の腕から逃れようと精一杯、身を捩(よじ)った。

< 38 / 66 >

この作品をシェア

pagetop