孤独の戦いと限界

〜自宅〜

『……‥』

家の前で立ち止まる。
恵理の例もある、友美もキレたらどうしよう…

友美も、尋常ではない心配をしているだろう。

『………』

…って考えてる場合じゃなかったな。
安心させなければならないし、執筆もしなければ‥

《ピンポーン》

…‥


『どちらさまですか?』

『………』

…やたらと疲れた声が返ってくる。愛想を使う余裕もないんだろうか。

『あの、どちらさま?』

『…俺だよ』

『!、に、兄さん!?』

『…ああ』

あの元気な懐かしい声が俺の耳に届いた。やはり専門学校から帰ってきてたのか。

……


『兄さん、兄さん…』

『………』

既に滝のような涙を流している。
今までに見た事のない、悲しい表情だ。

『心配かけたね、友…』

『バカぁ!』

《パンっ》

心配と怒りを込めた張り手が襲い、俺の頬を赤く染める。
すごく痛かった。

『と、友美…』

『兄さんのバカ…』

『………』

『バカ…、…っ……』

俺の様な人間が死にかけるだけでも、悲しむ人間が出るとは…。価値観って、普段はわからないものだな。

『…とぉ』

視界がグワンと歪んだ。

脳を揺さ振られた俺は、あっけなく尻もちをつく。
自分の身体とは、思えないくらいのひ弱さだ。

『あ…、ご、ごめんなさい』

『いいさ、少しは怒りが抜けただろう』

『病院はどうしたの?』

『退院した…。毎日の通院が条件だけど』

『入院してなさい!』

まぁ、そう反論するだろうな。でも今はあの子の為に、少しでも早くエッセイを仕上げたい。


『今はそんな場合ではない。すぐに取り掛かりたい事があるんだ』

『…なにを?』

『…過去に愛した女性へのエッセイ』

『…失恋した人の?』

『…ごめん友美、俺は過去の女性が死してなお好きなんだ』

『………』

『その人の為に最後に出来ること、俺が読書で学んだ集大成のエッセイを書くことなんだ』

『……?』

友美は困惑している。
そりゃそうだろう。いきなり過去の女性とか、エッセイとか訳がわからないはずだ。

『話を整理させて。過去の女性は兄さんの失恋した人でしょ。その人が兄さんにエッセイを頼んだの?』

『…その人は多田さんと言うんだ。既に死んでいたが、信じられないけど、夢の中でその彼女に会えたんだ』

『まさか!、そんなはず…』

『わかっている!』

俺は大声で、友美の会話を遮った。
夢の中で起きたことを、説得させる自信はなかった。


『所詮、夢の中の出来事だろう。けど今回は夢の出来事を信じてみる』

『………』

『…因みに、専門学校の方は?』

『事情を伝えて、帰宅させてもらったよ』

専門学校は、1日授業に遅れると付いていけない、と聞く。
出席日数だってカウントされているんだ。

『すぐに専門学校に戻ってくれ』

『嫌だよ、兄さんまた死ぬ気のくせに』

『死ぬ気じゃないよ。急ぐんだ、お願いだから兄の言う事を聞いてくれ』

『絶対ダメ!、いつもいつも兄さんは…』

『…友美』

『!っ』

……


長い長いキスだった。
周りが真っ白な世界になるようなキスだった。柔らかい唇の感触が身体中に行き渡る。

『…兄さん』

『ふぅ、気持ち良かったな』

『に、兄さん!』

『じゃなくて、お願いだからわかって。俺が今どれだけ急いでいるか、今の行動でわかるだろ』

『………』

『………』

『わかった、その代わり条件を付けるわ』

『…何を?』

『藤さんに、兄さんの毎日の行いを欠かさずメールさせてもらうわ。写メ付きで』

『いいよ、本当にエッセイを書く為だけに戻ったんだから』

『後、今日だけは一緒に過ごして‥』

『‥そうだね、久しぶりに一緒に家に居るか』

……


〜翌日〜

あっという間に過ぎた1日は、矢の如くだった。
友美はまだ不安らしいが、とりあえず学校に向かわせた。

『………』

俺はパソコンに向かい、作業に取り掛かる。

『…これ以上、性的暴行で少しでも少女の一生が、ムチャクチャにならない様に』

……


エッセイにとりかかる。
順調に文章を作成し、それを何度も何度も編集をかける。
その行為は、ダイヤを磨くようだった。

『…コーヒーでも飲もう』
……


文章が行き詰まった。
それは、人間に備わっている欲望、刺激というものだ。

この刺激こそが、性的暴行に繋がる性質だろう。
この刺激に対抗できる、文章が必要だ。

『コーヒーでも飲むか…』

……


『ちきしょー』

また行き詰まった。
元々、人間の欲望、刺激とは歴史において、とても重要な一部だった。

今までの人間の行動の原動力が、刺激や利益だったからだ。

今までの人間、または現代人は、刺激や利益に走り、進歩や出世を遂げてきた。だが同時に、予期できない不幸をも作ってきたのも事実だが…。

『コーヒーでも飲もう』

……


〜三日後〜

『優助君、少しは休んだらどう?』

『………』

『…どうしたの?』

『………』

部屋に俺と恵理が二人っきりの状況。性欲が刺激されるのはわかる。

だがマナー、しつけ、モラルが備わっている俺には、抑制が働く力もしっかり備わっており、すぐに妄想を消し去る。


『…刺激を制するは、子供からの教育か…』

『?、……』

『民族レベルにも因るかもしれないが…』

『え、なに?』

『何でもないよ、心配してくれてありがとう』

『…適度に頑張ってね』

……


〜一週間後〜

『………』

女性が男より力がないばかりに、暴行が…。
所詮、この世は弱肉強食なんだろうか…。

刺激を制するなら、人間の状態を穏やかにする必要がある。
衣食住と収入の保障、生活の余裕、ゆとり…。
逆にこれらがないと、人は凶暴化しやすい。

『………』

人間とは力を持つと、途端に暴力的になる、卑劣な一面もある。

『…人は足るを知らないからな』

エッセイを性的暴行に対する文章を止めて、人間について、人との交わりについて書くことにした。

刺激を文章だけで、抑えることに限界を感じ始めていた。
法律強化しかないんじゃないのか?

『………』

〜2週間後〜

『…ダメだ』

高度ストレス社会の中で、どれだけの人間が自分を、コントロールできるというんだろうか…。

出来上がった、反応論を読み返す。

『…ハハっ』

笑いながら、悔し涙を流した。
文章だけでは、性的暴行を少なくする事は出来ない事を悟った。

高度ストレスと、人間に備わる刺激、この2つを文章だけでは対抗できない。

高度ストレスには生活のゆとりを、刺激による性的暴行には刑法改正でもしないと無理だ…

『…俺のやってる事は、不毛な努力なのかな』

……

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