孤独の戦いと限界
・野生化の必要性

人間は本来、動物である。

動物は何らかの欲を求める生き物を前提として、野生的な欲求(自分に備わっている私欲)をどこかで満たさなければならない。

欲求は我慢をし続けると、感情的になりやすいし、ストレスも貯まりやすい。


今まで生きてきた中で自分なりの、色々な欲求を見てきているだろう。


ファッションや旅行、飲食、習い事、ゲーム、異性への恋、交わり…

様々な欲求があるが、これらに反応がかかり欲求するならば、最低限の欲を満たす必要がある。

満たさなければならないのに、現代では、欲を満たす為の金や時間がなく、ただひたすらストレスを溜め込ませている。

荷重にストレスを溜め込む事は、人を暴走させる事になり、本来あってはならない生活状況である。

もし自分の性欲や物欲を満たせず、抑制や仕事ばかりを強要されるならば、その人は見境をなくし法律を無視し、自暴自棄になり、あらゆる秩序を破壊して、欲望の限りを尽くすだろう。

人格的に、まともで犯罪に走る人間ではないのに、ストレスを背負いすぎて後先を見失い、持て余す欲望のエネルギーを、一気に暴走させてしまうのだ。


人間は性欲や物欲、つまり野生的本能を満たさなければ、到底、社会の中を普通の人間として歩む事は難しい。

人間は聖人君子ではない。

欲があるから、自分の欲へ向かって走り、自分を助けているのだ。

人間としての行動を演じる事が出来るのは、野生さを発散して欲求を満たすに他ならない。
逆に言えば、欲求を満たせず社会的マナーのある人間の生き方はできない。

欲求もストレスも、逃れられない運命だから、自分で上手くコントロールして付き合う必要がある。

抑制の先に、欲求を果たせるなら、まだ希望を見い出せるが、長い時間、抑制という手綱を引っ張る事は、それだけ自分に負担がかかり、感情的になり怒りっぽくなりやすい。

この社会は、人間は動物で感情と欲の生き物、と自覚があるのだろうか。
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