フェアリーテイル


「…誰?」

恐る恐る声を掛けると、霧の向こうからちらりと水色のドレスを着た少女が姿を現した。
ふんだんにフリルをあしらい、頭にはドレスと同じ水色のドレスハットを被っている。
ドレスや帽子に使われているリボンは落ち着いたグレーで、幼い少女にどこか不思議な色気すら与えていた。
綺麗な栗色の髪に、ドレスと同じ水色の瞳。
まるで人形のような少女は、ミリアを見つけるとにこりと微笑んだ。

「まぁ」

鈴のような声で少女は言った。
その桜色の唇が、嬉しそうに動く。

「ごきげんよう、貴女は新しい女王様?」

愛らしく小首を傾げられ、なんと答えるべきか悩んだ。
ミリアは頷きかけて、小さく首を横に振った。

「まだ…お返事はしていないの」

「まぁ…」

少女が驚いた様に目を見開いた。
ミリアの事を上から下まで見つめて、ふっと微笑む。

「ライネが静かの城の君なら、貴女はそうね…」

少女の瞳がいたずらっぽく細められる。

「焔の女王」

少女が近寄りながら、尚も微笑んでいる。
ミリアは動けずに、少女が近寄ってくるのを見ていた。

「ねぇ、その赤い瞳にそっくりな名前だと思わない?」

「…あ、あはは。そうかもしれないわね…」

ミリアはなんとか笑顔で応えると、この得体の知れない少女とどう接するべきか悩んだ。
どうやらこの少女が、霧の森の姫らしい、ということはわかる。

「あ、貴女の考えていることならよーくわかるわよ?」

少女が胸を張ってそう言った。

「いいわ、自己紹介をしましょう?私はレイシア・ディープブルー。この世界の住人たちは、霧の森の姫と呼ぶけれど」

レイシアと名乗った少女は、楽しそうに笑った。
ネーネが言うような恐ろしい子には見えなかったが、だとしてもどこか異質に映る。

「私は…ミリア・レッドフィールドよ」

「ミリア!素敵な名前!ねぇミリア!これからお茶の時間なの。一緒にティーパーティをしましょうよ」

そう言ってレイシアはミリアの手を引っ張っていく。
こんなに霧が深いというのに、レイシアには道がしっかりとわかっているようだった。

「レイシア、私でも…戻らないと」

「あら、大丈夫よ?ライネだってこれくらい許してくれるわ」

ミリアのことなどまるで無視で、レイシアは楽しそうに歩いていく。
どちらにしても帰り道すらわからないミリアは、言うなりになってついていくしかない。
今になって、サー・ニコライやネーネの言う事をきかなかった自分を呪うが、それも手遅れだった。
 よくわからない土地で、成り行きに任せて進まなければならないことほど不安なことはないだろう。
ミリアは戸惑いながらも、レイシアについていった。


 どれほど歩いたか、いい加減ミリアが疲れてきたころ、急に目の前の霧が晴れた。
眼前に現れたのは、ライネの城よりは少し小さい、レイシアのドレスと同じ色合いの城が現れた。

「さぁ、こっちよ!」

レイシアは楽しそうに進んでいく。ミリアはただ黙って付いていくしかない。
 城の扉をくぐると、中には真っ白なウサギたちが居た。
一様に黒いシルクハットにベストと蝶ネクタイという服装だ。

「レイシア様、おかえりなさいませ」

たっぷりとくちひげを生やしたウサギが一羽、中央から進み出た。
どうやら一番偉いウサギのようだった。

「ただいま!」

「そちらは?」

「お友達のミリアよ」

レイシアの言葉にウサギは頷くと、先にたって歩き出した。
 二階へ上がり、すぐの両開きの扉のベルを鳴らすと、すぐに扉が開く。
中は大きなテーブルとたくさんの椅子が並べられていて、そこには紅茶のセットやたくさんのお菓子が用意されていた。

「さ、座って」

レイシアはさっさと一番奥の可愛らしいハートのデザインの椅子に座ってしまった。
ミリアも仕方なくレイシアの近くの椅子に腰掛けた。

「グレッグ、まだ彼は来てないの?」

レイシアが先ほどのウサギに尋ねると、ウサギは時計を取り出して頷いた。

「そのようでございますね」

「なぁんだ。ミリアを紹介したかったのに。もういいわ、彼がきたら通してちょうだい」

「かしこまりました」

 ウサギを下がらせると、レイシアは好奇の瞳でミリアを見つめた。

「ねぇミリア?ミリアはどうして、すぐクイーンになるお返事をしなかったの?ミリアは彼に選ばれたのよね?」

唐突な質問に、一瞬なんのことかと思案し、それがライネのことを指すのだと思い至る。
ミリアは首を傾げながら、レイシアの瞳を見つめた。

「選ばれる、ってどういうこと?」

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