フェアリーテイル




 ミリア達が城門を出ると、その先は道が続いていた。
道の両側は濃い緑の森が広がっていて、その道に沿って歩いていく。

「お前たち、警戒は怠るな!」

サー・ニコライが鋭い声で指示を出している。
こうしてみると、確かに立派な騎士団の一員なんだろう。恐らく、ミリアが思っているよりもずっと地位は上なのか。
そんなことを思っていると、キラキラとした小川が流れる川のほとりにやってきた。
細い橋で対岸に渡れるようになっていたが、その向こうも同じ様に森が続いている。
ただ、その森に続く道は深い霧に阻まれ、どこまで続いているのかは見えない。

「休憩にしましょう」

サー・ニコライに言われ、ミリアは立ち止まった。
相当な距離を歩いてきたのか、遥か後方にライネの城が見える他は何も見えない。

「静かなところね」

ミリアが言うと、同意するようにサー・ニコライが頷いた。
目の前に広がる霧の森は、静かに沈黙したままだ。

「ねぇ。あの森のことだけど」

ミリアが声を掛けると、サー・ニコライは首を傾げた。

「あの森がどうかなされましたか?」

「ネーネが、とても怖がっていたから、どんな人が住んでいるのかと思って」

「左様でございますか」

納得したように彼は頷くと、暫し思案するように目を細めていたが、小さく頷くと目を閉じた。

「あそこには、霧の森の姫君が住んでおいででございます。それはそれは愛らしい、幼い姫君と聞き及んでおりますよ。ただ少し…」

サー・ニコライはそこで言い淀むと、小さな溜息を零した。

「ただ少し、あのお方はその…よく言えばご自分の欲求に正直ともうしますか。まぁ何分幼い姫君でございますからね。ネーネが怖がるのも無理はございませんが」

「ネーネ、何かされたの?」

「とんでもない。ただその…姫君は、少し可愛いものに目がないと申しますか。ネーネのように愛らしい容姿の猫など、とても一人で歩かせられないのでございますよ」

つまり、姫君は猫好きということだろうか。
ミリアは考えつつ首を傾げた。そんなミリアの考えなどお構い無しで、サー・ニコライは続ける。

「実際、ネーネは本当に愛らしい。いやぁ、わたくしあそこまで愛らしい猫は見たことはございませんで…、いやぁ!今のは聞き流してくださいませ、ミリアお嬢様!」

慌てて翼を振って、サー・ニコライは顔を逸らした。
ミリアはにやりと笑うと、サー・ニコライの顔を覗き込んだ。

「ねぇ、あなたもしかして…ネーネのこと…」

「と!とんでもない!」

飛び上がって驚くサー・ニコライを見ながら、ミリアはけらけらと笑った。
サー・ニコライといえば、ばたばたと飛び回りながら「何故わかったのだろう」とか、「あぁ…ネーネに知られたらなんと言えば…」など、一人でぶつぶつと言っている。
猫に恋をする猛禽類なんて聞いた事がないけれど、ここでならありえるのかもしれないとミリアは微笑んだ。

 「さ、さぁ!ミリアお嬢様!そろそろ日も暮れて参ります。戻らなくては」

取り繕うようにサー・ニコライに言われ空を見上げると、確かに日が傾いてきていた。
ミリアは頷きかけ、その視界の端に映り込んだ色に慌てて霧の森の方を振り返る。

「…今……」

確かに見えたのだ。
視界の端をひらりと横切った、水色のドレスを着た少女が。
あの少女が、霧の森の姫なのではないか。
思った瞬間、ミリアはサー・ニコライの制止の声も聞こえずに駆け出していた。
 川に架かる橋を駆け抜け、森の入り口に到達する頃には、すっかり周りを霧に囲まれていた。
暫く走っても、前も後ろも霧以外は目に入ってこない。
ついにミリアは立ち止まると、途方に暮れたように辺りを見回した。
 咄嗟に走ってきてしまったが、それはとても無謀な事だったのではないだろうか。
不意にそんな考えが頭を過ぎる。

「戻ろう…」

振り向いた瞬間、前方から軽やかな足音が聞こえてきた。
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