シンデレラに玻璃の星冠をⅢ
緋狭さんを抱きしめたまま、硬い顔で夢路は言った。
「妾達は、なにも自暴自棄になっているわけではない。
妾達を生きさせようとしているお前達に感化されたためだけのこと」
「え……?」
夢路の意図がわからず、俺は思わず目を細めてしまう。
「毒をもって毒を制す」
緋狭さんが呟き、ニャアと鳴いた。
毒……。
それを虚数だというのなら、虚数を虚数で打ち消そうとしている?
理論上可能でも、もっと現実的な……虚数による危険度を知らないのか?
"約束の地(カナン)"を壊したほどのあの威力を、必死に俺達が"約束の地(カナン)"の魔方陣を守ってなんとか生き抜いたあの苦労を、わかっていないからいえることではないか。
その上で、もう犠牲者は出したくないと、玲を最上階に置き去りにしてまでこの世界を守る術を考えていた俺達の苦労は、無駄だったということか?
今更、俺達と裏世界の住人達との間には……絆という繋がりがなかったと、すべてを白紙に戻させるつもりなのか?
僅かに芽生えた不信感。
亀裂が入る音を俺は感じた。
だが――。
「ひとつ聞く。お前達が全力で術を破ったとはいえ、今この現状にて……この塔の内部にある、お前達の言葉で言えば"0と1"の力と、"虚数"の力の増殖の速度は、どちらが速いと思う?」
「それは……」
認めたくはないが、現実を客観的に見るのなら。
「虚数だ」
玲の力を凌ぐ速度で、この世界は虚数が浸透している気がする。
玲がやってこなければ、恐らくはもう完全にこの塔は虚数を放つ塔に変わっていただろう。
或いは、この硝子の塔が壊されていたか。
だが今、その危険性は完全に払拭されたわけではない。
虚数化するという確定的な未来を、その時の到来をただ引き延ばしているだけ……そう言われれば、反論の余地はない。
俺達がすべきことは、確定的未来を塗り替えることだ。
だがどんなに抗ってみても、俺達が見落とした綻びから虚数化はゆっくりとでも進み、その結果として黄色い蝶が出てくる亀裂が出現している。
その亀裂が次第に数を増やしている事実を思えば、例え周涅の術を破って塔を守ったにせよ、その置き土産のような虚数の増殖を消すことは出来ていない。
破壊に至る危険な虚数が、増えている事実は、なにひとつ変わっていないんだ。
でもだからといって。
だからといって、今から諦めるなど――。