風に恋して
「お、おま、え……」

苦しそうなうめき声が耳に届いて視線をやると、カリストが床を這って後ろへと、エンツォから遠ざかろうとしていた。恐怖に支配された表情。

それを見たら、思わず笑い声が漏れた。自分は壊れてしまったかもしれない。

上着を脱いでベッドに横たわるヒメナに掛けてから、ゆっくりとカリストへ近づいた。自分の足音と共に、喉にひっかかったような悲鳴を上げるカリストを見るとゾクゾクした。

今が復讐のときだと、本能が告げている。

壁にたどり着き、逃げ場をなくしたカリストの目の前に座って目線を合わせる。

「父さん」
「ひっ――」

初めて呼んだかもしれない。この憎い男を父親だと思ったことなど1度もなかった。

「お、俺は悪くない!悪いのはヒメナだ。あいつはずっと俺を騙していたんだ。16年もずっと。大体おかしいじゃないか、どうしてお前が生まれた後、子供ができなかったんだ。俺に、生殖能力がないだと?ならお前は誰の子だというんだ!」

エンツォは声を上げて笑った。

「なんだ、そっか」

「やっぱり」とか「どうして?」とか、いろいろな感情が混ざっているけれど、結局一番は……

「でもさ、良かったよね?俺たち親子じゃなくて」
「良かった、だと?」

ぐるりと部屋を見渡したエンツォは壁に掛けてあった剣を手に取ってカリストの元へ戻る。

「うん、良かった。これから殺す男に少しでも同じ血が入っているなんて思っていたら、さすがに躊躇しちゃうだろ」

そんなことは、心にも思っていなかったけれど。

「や、やめ――っ」
「バイバイ、“父さん”」

剣を下ろすには十分過ぎるほどの重さになっていた憎しみ。そしてそれは、真紅の薔薇となってエンツォを慰めた。
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