純潔の姫と真紅の騎士
「ただいま戻りました!」

朝食を作っているトールさんに声をかけると、トールさんが呆れたように言った。

「なぁにが夕食までには戻ります!よ!今は朝よ朝!夕食はとっくにすぎてんの!」

トールさんに平謝りしつつ、スイレン様の朝食のお盆を持って思い出したかのようにアリウムがトールさんを見上げた。

「あの、トールさん」

「なに」

「昨日、スイレン様に夕食を持って行ってくれましたか?」

トールさんは小さく笑った。

「当たり前だろ?持っていったよ。久しぶりに話したね」

「あの、スイレン様、全部食べましたか?」

トールさんはそれを聞いて少ししかめっ面になった。

「いんや。食べなかった。食べたのは果物くらいかね。昨日は鯛だったんだけど、食欲がないって食べなかった」

「そうですか……」

トールさんが少し困ったようにアリウムをみた。

「スイレン様、いつもあれぐらいしか食べないのかい?」

「はい……。いつも食欲がないと仰って、食べてくれないんです。無理矢理食べさせるのもどうかと思い、いつも持って帰るんですが……。こう毎日ですと、スイレン様の体調が気になります」

「そうだね……。っと、もうこんな時間かい。その話しはまた後でするとして、さっさとスイレン様に朝食を持っていっておあげ」

アリウムは、重要なことを思い出して、朝食を持って走り出した。

燭台の揺れる火が少し微睡んだ闇を照らす。

石壁の部屋を飛ばして、古い塔へ渡る。

狭い螺旋の階段をずっと下ると、頑丈な鉄の扉があった。

その扉には幾重もの鍵がかけられており、それを外すのにも一苦労だ。

そして、扉が開くと、真っ暗な闇がただ広がっていた。

けれど、そんな闇を忘れさせるくらい綺麗な鈴の音のような声がした。

「おはようございます。アリウムさん、帰ってきたんですか?」

その声に返事を返す。

「はい。今日の朝に。昨日は少し用事があって……。夕食をトールさんに持ってきてもらったんですが、大丈夫でしたか?」

「はい。大丈夫でした。それにトールさんと久しぶりに話せてうれしかったです」

「トールさんも同じことを言っていましたよ。あ、朝食置いておきますね」

「はい。ありがとうございます」

「あの・・・」

「はい」

「今日はお休みなんですか?」

言葉の意味を理解したのか、スイレン様の声がすぐに返ってくる。

「はい。お休みになられています。今日の夜には目を覚まします」

二人が話しているのは、黒水晶のことだ。

黒水晶には活動時間がある。

それは主に夜だが、たまに朝や昼でも活動している。

そして、黒水晶が活動していない時は少しだけ黒い靄が薄くなるのだ。

黒水晶が休んでいるのだったら、話しをすることができる。

アリウムは意を決してスイレンに話しかけた。

「スイレン様は、今、何を求めていますか?」

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