黒の森と、赤の……。/ ■恋愛シミュレーションゲーム□
最早視界には、薄い灰色をしたバスの通路しか、映っていない。

そんな光景を眺めはじめてから、数秒が経った。

俺の頭上に、愉快そうな笑い声が降り注いだのは、それから間もなくだった。


「……はは、はははははッ!
…どうよ転校生?
クラスメイトの目の前でぇ、バスの床に這いつくばって、無様に土下座する気分はよぉ…?
なぁ? どんな気分なんだぁ、吉良七夜…?」


……蔑むような、それとも弱者をいたぶるような、声。

今の自分の姿を、俺自身にしらしめるための、良雄の口から吐き出された……既に捨て去ったはずのプライドまでをも引き裂こうとする、口汚い、言葉。


『……聞こえない……俺には何も、聞こえない……』


…それを無理やりに、『聞こえない』と、自分自身に言い聞かせる。

心を塞ぐ。

良雄は構わずに続ける。


「だがまあお前ぇ……顔だけは悪くねーからよぉ、俺のペットにしてやってもいいぜぇ?
…ただし」


そこで不自然に言葉が途切れる。

相変わらず、灰色の斑尾模様の床だけが視界に映り続ける中、バスの走行音に混じり、人がシートから立ち上がる音が聞こえた。

そしてコツ、コツと、何歩かその床を歩く足音が聞こえた。


…直後。



ペチャッ。



…何か、小さな液状の物体が、固い物体に接触した音がした。

次に、良雄の声。


「… “ ソレ ” をお前の舌で舐めとれたらなぁ…?」


…相も変わらず、愉快そうな声。

はじめ、その言葉の指す意味が全くわからなかった。

しかしすぐに、ある可能性に考えが至った。


…信じられないといった心境で、ほんの少しだけ顔を持ち上げた。

そして視線を僅かに、通路の奥のほうへとスライドする。
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