とある神官の話




「随分熱心に見ていますね」




 そんな声が真上から降ってきて、心臓が跳ねた。見ればこちらを青い瞳か見つめている。服装は枢機卿。慌てて立とうとしたら「そのままで」と微笑む。仕方なく浮いた腰を元に戻した。




「調べ物ですか?」

「は、はい」




 視線が私から広げられた本や資料に向けられる。




「貴方のように今年の新人らも勉強熱心だと良いのですが」




 多分、だが。

 聖都にいて金髪の青い瞳で、柔らかな口調の枢機卿といったら――――アンゼルム・リシュターではないだろうか?
 枢機卿長という地位にいる彼ならば、ブランシェ枢機卿らとちょっと違う枢機卿衣なのも頷ける。

 自然に本などから視線を外し、再び私へと戻ってきて、固まる。




「――――あまり無理は禁物ですよ。フィンデル神官」




 では、と背を向けて去っていくそれを見ながらあれ、と思った。図書室には他にも神官の姿が見えたが、彼はいなかったはずだ。となると私のあとに来たのだろう。

 それより――――。

 初対面でも、枢機卿ならば私を知っていても可笑しくない。ヒーセル枢機卿も私の過去を知っているのだから。

 いや、そうじゃない。
 あの目。あの青色の目が一瞬、ぞっとするような暗さを帯びたのだ。私は固まり、かけられた言葉に返せなかったのだ。リシュター枢機卿長といったら人望があり、優しいイメージがある。そんな人には似合わない目だった。
 溜息。


 重苦しいことばかりを聞いたせいだろうか。あちこち気にしすぎる。


 父がずっと前から探っていた闇の部分。そしてアガレスの事件のきっかけ。アレクシス・ラーヴィアという神官の行方不明の子供。
 バルニエルで幽鬼から聞こえた言葉は、私が"鍵"だと言っていた。鍵だなんて何だ。どういうことなんだ。

 枢機卿や神官が、危険な術式を研究していたそれらが組織となっているのではとも聞いた。それが<神託せし者>などという名前らしい。
 しかし……なにも組織の名前とも限らないらしく、そんな枢機卿や神官のトップの呼び名ではないかというほうが有力だとハイネンが話していた。

< 558 / 796 >

この作品をシェア

pagetop