とある神官の話



 一人や二人くらいいてもいいだろ、とラッセルが思っていたころ。村人から聞いた情報を頼りに、そこに住む老婆にいきついた。
 老婆は、目が不自由であった。
 しかし彼女は"能力持ち"であり、普通の人とさほど変わらない生活をしていた。

 その能力というのが、"見えないものが見える"というものらしい。エドガー・ジャンネスも似たような"能力持ち"ではあるが、やはりそれとは少々違う。老婆いわく、普通じゃ見ることの出来ない、または難しい風景や―――その人自身の"何か"が見えるらしい。
 その力はかなり不安定なもので、いつ見えるかわからない。
 だが、老婆はあのアンゼルムが村に戻ってきてしばらくたったころ。彼から"見えた"ものがあったという。
 


 ―――それは薄暗い部屋。
 辺りには奇妙な模様。それは記号や文字のように見え、赤色だった。
 床にも同じような模様があり、その上、中央あたりに横たわるアンゼルムがいる。そして、"誰か"。その人は頭から足先までの外套のようなものを着ていたため、顔が見えない。
 その人は何やら低く呟く。しかし言葉は聞き取れず、変わりに模様らが不気味な光を帯び視界が真っ白に染まる。
 再び視界が戻ったとき、そこには外套を纏った者が倒れていて、アンゼルムもまたそのまま動かずにいた―――――。






「それは――――」






 ラッセルの話すそれ。
 アゼルは嫌な予感がした。そして、ラッセルもまたアゼルと同じことを考えたのではないだろうか。
 アゼル同様、ラッセルはシエナの過去を知っている。ハインツ、ウェンドロウがやって見せた……他人の体に己の魂を移すまていうあれ――――。






「お前さんも思い付いただろうが……。ウェンドロウはハインツっていうやつを器として選んで、乗っ取ったろ?あれを思い出して、聖都に連絡を入れようとしたんだがな。追われるものだから説明もへったくれもありゃしない」

「だろうな」






 向こうは、動く駒を減らすために手を打っている。その結果がこれだ。アゼルとラッセルは聖都では行方不明となっているし、外に出れば幽鬼やらに追われる。そう簡単に戻れそうにない。
 戻れそうにないなら、戻らなければいい。いや、そうじゃない。
 その前に、片付けなくては。
 アゼルはあのジャナヤのことを思い出していた。人形。死体。頭のイカれた連中。

 まずは、と「今の話、お前はどう思う」とアガレス・リッヒィンデルに聞いてみる。ラッセルの視線も彼に向けられた。
 ハイネンと、あのセラヴォルグの友人であった男が答えるまで少々間があった。






「――――裏で実験をしている連中は組織化され、<神託せし者>などとも呼ばれていた」
 

 
 


 どうやら、話してくれるらしい。
 あのアガレス・リッヒィンデルからの話がどこまで本当かは、まあ聞いた後で判断すればいい。
 アゼルは心持ち、軽くなる気がした。
 顔色が悪いまま、アガレスは口を開く。



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