とある神官の話
そう。
疑いを持っておくのは、仕方ない。
二十年ほど前に胸くそ悪いことをしていた連中を片っ端から倒されたおかげで、いくらかはましになっただろうとアゼルは思う。
「どこに行くつもりだ?」
「……墓地だ」
その答えに、ラッセルが「もしかして」というが、その先はつぐんでしまう。
それでわかったのはヴァン・フルーレといったら、アレクシス・ラーヴィア、であろう。アガレスは知り合い、だそうだ。
何も持たないで男女揃って墓地に行くなんていうのは、不自然だといい、アゼルらは途中花なんかを買うことにした。これで同じ目立っても、悪目立ちではないだろう。墓地へと足を進める。
墓地につくと、アガレスは迷うことなく先へと進む。それにアゼルとラッセルがついていく。
しばらく歩いて、やがて止まる。
やはり、と予想していたとおりの場所でアガレスは足を止めていた。
墓石には、アレクシス・ラーヴィアの名前が刻まれている。それをアガレスは見つめていたが、ふと、何かに見られているような気はがして周囲に気を配る。まわりにはアゼルらと死者以外、誰もいない。
墓は手入れが行き届いていて、美しい姿のままだ。
アレクシス・ラーヴィアの墓石の隣には、その妻であるフィルというのも見える。確か、とアゼルは記憶から引っ張りだそうとするが思い出せなかった。それよりも、だ。
「ここに来た理由は、わざわざ墓参りしに来たという訳じゃないだろう?」
二人の関係を考えれば、墓参りをしたくなるのもわかるが、今はそれどころじゃないのだ。
アガレスはその墓石を見つめたまま、しばらく黙っていた。
「アークが死に、子供が行方不明となった時、セラヴォルグは嫌っていた聖都へ行くと言い出した。当時アークの妻が殺害されたということもあって、護衛もついていたはずなのに、と。向こうは最善はつくしていたと答えたし、無念ではあったが私もそう思っていた。だがあいつは一人納得せず、言うだけいって聖都を去った」
ああそうだ、とアゼルは思い出す。
アレクシス・ラーヴィアの妻は、何者かに殺害されたのだ。
アガレスはまだ、墓石を見ている。夫妻の墓石前に花を手向ける姿は、神官を、枢機卿を殺害した犯人には見えない。
アゼルの近くで黙っていラッセルが、片足を後ろに少しずらし、動けるようにしておく。目はこちらに向けられ、一瞬アゼルとあい、互いに頷く。
まだだ。
「その後だ。アークは死ぬ前に、セラヴォルグに死ぬかもしれないと連絡をしていたことを知ったのは。上の連中の一部は闇だと。それを聞いたセラヴォルグは急いで会いに行ったが間に合わなかった―――私は愚かだった。前からセラは闇の存在について話していたのに、まさかと思っていたのだから」
「そういう奴らを何とかする側なのが神官なんだから、思わねぇのが普通だろうさ。実際、守ってはいるからな」
「光があるかぎり闇はなくならないだろうが―――あいつは必ず殺す」
アガレス、ラッセル、アゼルがそれぞれ別の方向へと回避行動をとった。
アークの墓近くには、黒。
フードをかぶったマントのような姿をしているのは、幽鬼だった。街なんかではまず見ないだろうそれが、神官がいて、魔物などが入り込めぬようになっている場所に何故姿を見せることができているのか?
それはもちろん、出来るように細工がされているかだろう。
やはりいるか、というアガレスに「知ってたのか?」というラッセルの声。
「あの子の"始まり"といったらアークであろう。いるかもしれぬとは思っていたが―――いいだろう」