とある神官の話






 セラヴォルグは出世などには全く興味がなく、話を蹴ったこともあるという。
 いろんなものが蠢いている聖都には、あまり近寄りたがらなかったそうだ。利用されるのも使われるのも真っ平で、地方にいることが殆どだったというのは資料にもあった。
 あのセラヴォルグの、養娘となるとまたよからぬことを思う者もいるだろう。となると、やはりセラヴォルグは身近な、あるいは知り合いがいる辺りにシエナを考えるかもしれない。シエナもシエナで、セラヴォルグが近寄らないのならと聖都への足は遠退く。そうなると、ゼノンがシエナと出会う可能性がかなり減る。

 もし、という話はいつだってしてしまうものだが、失ってしまったものや過ぎたものは戻らない。
 けれど、考えてしまうのは仕方ない。
 訪れた沈黙は長くは続かず「そういえば」とジャンネスは書類を見ながら思い出したような声を発した。




「シエナさんに関わるこういった資料の作成は苦労していたはずです。一部の者は彼女をまるで実験体のよう扱いをしようとしていましたし、危険だというのもいましてね。まあ、殆どがセラヴォルグさんに決められていましたし、彼が多くを作りました。なかには例えばフォンエルズ枢機卿の名前があっても、実はセラヴォルグが作成した、なんていうのもあるんですよ。一応、養父ですからその部分をとやかくいう人を黙らせるために借りたそうです」



 シエナに関するものの多くは、セラヴォルグか、あるいは彼に関係していた人物らの名前が目立つ。というよりも殆どだ。
 養父というよう立場であるから、捏造云々言われてしまうのを、そうやって防いだのだ。器用なことに筆跡もその人物のを真似たというのだから、彼は何者なんだ、といいたくなる。

 ジャンネスは書類をめくっていた。なかには残虐さを物語る写真もある。それに、ジャンネスは「写真は、現地で撮られたものです」という。




「―――見てみましょうか」

「見るというと……!」



 エドガー・ジャンネスは能力持ちである。
 残された物や、その人が見た光景を"見る"ことができる。とはいえ、彼の能力は効果が左右し、見えないこともあるとい
不安定なものである。ゼノンが倒れた時は全く見えなかったらしい。
 これらの書類や資料のなかには印字されたものもあるが、なかには手書きのもある。それと写真も混ざっているのだが―――もしかすると、何か"見える"かもしれない。

 はっとしたキースに「やってみる価値はありますよ」とジャンネスは軽く微笑んだ。





  * * *

 



 ―――怪我をある程度癒したアガレス・リッヒィンデルと共に、アゼルらはヴァン・フルーレに現在いた。

 目立つ行為はもちろん出来ないし、油断ならないままで決めたのは、ここヴァン・フルーレへ向かうことだった。
 馬鹿正直に本来の姿のままならば、捕まえてくれといっているようなものである。となるとやはり姿を変える必要があった。変装かあ、とラッセルがもらしたそれは、衣服なんかの調達に困るなということだったのだが、それはアガレスによってあっさり解決することになった。


 アゼルはちらりと隣を見る。

 隣には銀色の髪の毛をゆらしながら歩く美女がいた。やや長身ではあるものの、清楚な感じがする美女だ。そんな美女にあわせるよう、アゼルもまた歩き、そのやや後ろに男も護衛のように歩く。
 見事に化けているのは、アガレスである。彼に限らず皆が化けているのだが、アゼルは反則だろうにと思わざる負えなかった。こんな風に姿を変えられたら、指名手配された人物であろうとわからない。どうやら能力持ちの"魔術師"であってもかなり難しいらしいので、使えるのは少ないそうだが……。腹立つほど便利なものである。


 そもそも何故ヴァン・フルーレなのか。

 彼が決めたこの行き先の理由を「確かめたいことがある」といったきり何もいっていないのだ。ラッセルこそ、下手に動くと危険だといっていたし、アゼル自身もそう思っている。だが、こうなった以上、同じ目的ではあるのだからと従うことにしたのだ。
 どれが本当で、誰が味方かなどわからない。だから、信じるしかない。
 アガレスは、アンゼルム・リシュターら以外には危害を加えるつもりはないらしいが、"犯罪者"にはかわりないのだ。
 



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