とある神官の話
10 誰よりも、君を




  * * *






 そこは街というよりも大きな森、といったほうがしっくり来るかもしれない。

 森を巻き込むようにして存在している街は、かつてリムエルの地であったため今でもリムエルが多く暮らしている。教皇領となってからは長いから、リムエル以外の人の姿もよく見るだろう。
 自然と共存した街、なのだ。

 今は暑い季節。日差しは容赦なく照りつけるが、森がそれをうまい具合に遮ってくれている。聖都より過ごしやすいかもしれない。





「おい、レオドーラ」




 神官の同僚の男が、すぐ近くにいた神官―――レオドーラ・エーヴァルトに声をかけた。
 一瞬見れば女性だろうかというような顔をしているので、女性に間違われることもある。最も、同僚の男は知っているし、その隣にいる新人もわかっていることだ。
 長い黒髪はこの季節だと邪魔で、かつ暑苦しい。なのでレオドーラは高い位置で結わえていた。黒髪から覗くのは、少々かわった耳で、リムエルの証である。

 レオドーラは現在、かなり機嫌が悪かった。それよりも問題なのは、殺気めいた雰囲気である。
 同僚はレオドーラが何故そんなことになっているのか、少々心当たりがあり、その噂を「ふられて落ち込んでるのか」とぶつけてみる。
 そして激しく後悔した。
 レオドーラの顔が、バルニエルでは有名なあのアーレンス・ロッシュと重なったからである。

 バルニエルの神官の中での"アーレンス・ロッシュをキレさせるな"といあのは暗黙のルールとなっているのは、新人かよっぽど疎い神官以外ならば知っていることである。
 レオドーラ自身アーレンスに救われた過去を持ち、アーレンスの指導をよく受けた人物であるからか、似ていてもおかしくはない。
 レオドーラは青くなった同僚を物凄い目力のまま睨む。




「ふられてねぇよ!誰から聞いたんだそんな話!」

「い、いやその」

「あぁ?」


 

 レオドーラの目だけで人を殺せそうなそれに、同僚は諦めて口を閉じる。もっとも新人はかなり堪えたのか少し顔色が悪かった。
 なにも言わなくなった同僚が言いたいことは、レオドーラはわかっている。そして、妙な噂も耳にしていた。
 妙な噂というのは"レオドーラがふられた"というものである。
 初めてそれを聞いたとき、レオドーラは青筋をたてた。

 一体何故ふられた、となるのか。
 ふられた、だなんて。

 そもそもレオドーラは、告白すらていない。告白しなければふられないだろうが、と思いながら、でも告白しなくてもふられたのと同じようなことはあるんだよな、などと余計なことを考えてしまい、さらに落ち込みたくなる。


 恋敵がヤバくて、その他も危険だっていう中でレオドーラはシエナが選ぶであろうことを予想した。そして、"シエナのために"道を作ってやったのだった。
 馬鹿だ、と思う。
 自身でも馬鹿で阿呆だとしか思えないそれを、レオドーラはやった。そしてシエナを見送ったのだ。

 本当は、行って欲しくなかった。当たり前だ。
 ヴァン・フルーレのこともあり、シエナには落ち着くまで、いや、ずっとでもバルニエルにいてほしかった。

 バルニエルにはアーレンス・ロッシュやその息子らもいる。彼らと守ってやれるのに。





 シエナを見送ってから、もしかしてと思った。
 確かに自分は彼女に一番近かった。けれど、バルニエルを離れてからは―――負けたのだ。
 あの、高位神官に。

 腹立つ。
 ヴァン・フルーレで、泣かせたくせに。






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