とある神官の話




 ゼノンの話だと、エドゥアール二世…フォルネウスは若い頃に結婚したという。女性は病がちの、体の弱い人だったそうだ。だから、周囲の反対もあったそうだが、フォルネウスはおしきって結婚し―――数年後、女性は亡くなったという。

 それから彼は、ずっと一人なのだ。




「それから、父はマシンガントークでした。仕事は電話一本いれて、私とずっと喋って。あんな風におちゃらけて見えるのに、私と同じなんだとわかってから、私は父さんと呼べるようになったんですよ」

「素敵ですね」




 フォルネウスという人物は、実にフレンドリーな人だった。遠巻きに行事なんかで見かけたときの、"教皇"のイメージとは全然違っていて驚いたものだが…なるほど、ちょっと似ているかもなと思う。なんかちょっとずれてるところとか。

 話が脱線しましたが、と歩き始めたそれに私も倣う。




「私は、シエナさんだから好きなんです。どこがどう、とあげる必要があるならいくらでもあげられますよ?」

「や、やめて下さいよ恥ずかしい」

「そういうのも、私は好きです。大好きです」

「っ~!」




 照れてますねぇ、とのんきに言っているのが腹立つ。わかっていてやっているのだろう。

 彼は、答えをすぐには欲しなかった。それに私は甘えた。ずるずると。それがゼノンにどんな影響を与えたのか。恋するとはどんな感じなのか。どんな風に変わってしまうのか。

 ―――私は変わった、と思う。


 いつか、を何とかしなくてはならないことをわかっている。それがもう先伸ばしにしていられないことを。だって、ゼノンの顔は先を言いたそうだった。でも彼はいわない。誤魔化すように私に囁く。





「最近あまり会えませんでしたから、心配してたんです。ちゃんとご飯食べてるかな、とか」

「……私は子供じゃありません」

「嫌な思いをしていないかとか…そう思ってたんですよ。だから今日ゆっくり話せてよかった」





 "あの人"は今日どうしたのか。
 "あの人"はなんだか疲れているみたいだった。

 聖都に慌ててやってきたとき、私は不安だった。大丈夫だよね?平気、よね?だって、あの人だもの。そう何度も思った。自分でも驚くほど、胸が痛かった。殴られたり刺されたりする痛みとはまた違うけど、痛かった。何故こんなに痛いのか?―――ランジットに言われるよりも前に、私はわかっていたのだ。自分のことを。

 自分に自信がないのだ。
 愛される価値がないと。

 でも、もし。もし、あるのなら、私はほしい。そして、あげたい。まだどうしたらいいのかわからない、未熟なものだけれど、それでもいいなら。それが、答えになるなら。




「シエナさん…?」




 ゆっくり歩いていたが、もう私の家の近くだった。一人には大きな家。
 私が急に立ち止まったので、ゼノンは数歩前で立ち止まって振りかえる。どうしました、という声が夜に響いた。


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