とある神官の話
私は、甘えてた。
信じられないと思うなかで、少しは嬉しいという気持ちがあった。だって、好きだと、興味をもってくれて、話しかけてもらって。けど、私は後ろめたかったし、どうせこの人はと思っていた。ずっと。どこかで。
「私、考えてました。ゼノンさんのこと」
顔を見れなくなって、視線をずらした。
最後に見たゼノンの顔は、「私の…?」戸惑うように見えた。
だって。
信じられないのは、無理ないじゃないか。
向こうは女性神官を騒がせる美丈夫だ。そんな人とくっつくのは美女なのが常ではないだろうか。まさか自分に、だなんて私は考えられないし、思えない。
なんだ、けど。
今まで話したり、行動を共にしてきて、私はわからなくなった。全てを知っても、彼は変わらなかった。いいのだろうか。傾いてしまっても。隣にいても。
「ゼノンさんが術式を受けたと知ったとき、どんな気持ちだったか」
「ご迷惑をかけて」
「心配しました。私なんかが行ってもどうすることもできないってわかってましたけど――――」
あのとき思ったものは、本物だと思う。
「だから、私」
「まっ」
……え?
心臓がうるさいのを堪えていおうとした言葉の重大性を、止められてしまったら更に実感してしまうではないか。
夜だからまだ、顔色をしっかり知られる心配はない。が、「えっと」と戸惑うゼノンの視線が泳いで何故か衣服を正す。何してるんだ?と少し冷静になる。とはいえ、一度壊れた雰囲気はなかなかもとに戻らない。
しまった、という顔をしたのはゼノンだった。
「もしかして、返事なのでしょう。私への」
「……ゼノンさんが止められましたが」
「すみません。だって、その今で決まってしまうでしょうからなんかこうどきどきしすぎて心臓が死にそうに」
「好きですよ」
「ええですから死んで……」
「………」
「…………もう一回」
何やってるんだろう。
自分でももてあましていたそれを、意を決して口に出そうとしたら、動揺されて中断。そしてゼノンがかなり動揺しているというか、緊張していることがわかった。
「今、なんて」
私だって緊張している。
前から何とかしなくてはと思っていた。困って、どうしたらいいのかわからなくて。ようやく、答えらしいものを見つけたのだ。意を決して口に出そうとしたのは、今がいいタイミングだと思ったから。
だが。
何だか可笑しくなった。だって、ゼノンのこの顔。こんな顔をするのか、と思った。美丈夫とかエリートとか言われている人だけど、今はかなり身近に感じる。こちらの方が何だか好ましい。
こういうとき、どうしたらいいのかわからない。経験なんていうものはゼロに等しい。だから、自分が思ったとおり、したいようにするしかなくて。
「好きです、っていったんです。ですが、本当に私でいいんですか。私は」
急に、窮屈になった。
衣服の匂いというより、香水のような爽やかな匂いがする。真っ白になったそこに「いいんです」と言葉が落ちてきて染みとなる。その染みはじわりじわりと真っ白なそれに広がり、埋めていく。
驚いたが、嫌ではなかった。
いつからだっただろう。
いつもの日常にこの人が姿を見せるようになったのは。
そして好きだもか惚れたとか言いながら神出鬼没に現れて。だから私は彼をストーカー予備軍などといっていた。彼は神出鬼没にあらわれるが、私に嫌なことをしてくるわけではない。だから、予備軍。嫌ではなかったが、私にはわからなかった。
――――けど。
「大好きです」
「知ってます」
「愛してます。ああ、どうしよう」
どうしよう、なのは私の方だ。
夜だからとはいえ、誰が見ているかわからないのだ。それから、異性に抱き締められるだなんて、頭が軽くパニック状態だ。そんな中でどうしよう、などといわれても困ってしまう。
彼の方が身長がある。なのでこう、思いっきり抱きしめられると体がすっぽり埋まってしまうようだ。
「嬉しくてぽっくり死にそうです」
「や、やめて下さいよ縁起の悪い」
ぎょっとしたものの、その声があまりに締め付けられるようなものだったので、私は諦めた。
変わりに、私は置き場に困った腕をゼノンの背中に回してみる。広い背中。男の人というのはやはり女とは違う。力強さ。たくましさ。それから私のことを知っていて、好きだという人がこうしていることの、安堵。
「死んだら、私が困るんですから」
これはたぶん、始まりなのだ。
そう。
ひとつの関係の終わりと、新たな何かの始まりなのだろう。
悲しみと、喜びと。
全てを背負いながら、前へと――――。