とある神官の話
ランジットはゼノンの友人だ。それもただの友人じゃない。親友とか、知己とか、そういうのだ。ゼノンのことをよく知るからこそ、彼はあんな風にいったのだ。だが、私のことも理解している。
私は、昔から思う。
自分は決して美人ではないこと。それからどこか、同い年の子と合わないこと。それがひりついて、悲しくさせ、それでいて過去などを知られずに住む安堵も感じていた。人並みに、恋だってしたいとか、そう思う。だが、今までしたことがあったかといわれるも自信がない。
選ばれるのは、私とは違ってきれいな子ばかりだった。それは見た目とう意味もあるが、過去が普通ということだけで、羨ましさもあったのだ。
ずっと一人だろうか?
わからない。
レオドーラ・エーヴァルトだって、腐れ縁とはいえ、いずれ結婚するだろう。ファーラントらだってそうだ。なら、私は?ずっと背負って、密かに生きていかなくてはならないのか。仕方ない。仕方ないじゃないか。それだけの過去なんだから。
そんなとき、彼は出てきた。
私を乱した。
乱さないでほしかった。私は平和に過ごしたかった。女の人に睨まれたくなどなかった。そっとしておいてほしかった――――本当に?そう囁く自分がいる。私は、本当はしたかったのではないか?人並みに恋をして、ふられたり泣いたり、そんなことを。
ゼノンが神出鬼没で、私を助けようとする。それが、いつか庇って死ぬのではないかと思った。父と重なって怖くて。
でもそれは、ゼノンに限ってじゃない。
先輩や、ハイネンもだ。
「どうして、でしょうね」
ゆっくり、道を歩きながら彼の声を聞いた。それは穏やかなものだった。
「人が誰かを好きになるとき、どうして好きになったか、わかる人もいるでしょう。一目惚れだって理由の一つです。けれど、必ず必要ではないと思います」
「……怖くないんですか」
「何故?」
「何故って…自分がわからなくなるというか、自分じゃないみたいな。好意を向けられたり向けるのは、ちょっと怖いんです」
「私は、父さんってしばらく呼べませんでした」
急に話が変わったそれに、「ひきとられてから」とゼノンは続けたので私は黙って聞いた。
ゼノンもまた過去に傷を持つことは知っている。
「遠慮なく父さんと呼べと言われていましたが、私は中々呼べなかった。平和な生活になったというのに、怖いとも思ったんです。失うことを考える。そして奪われることも考えてしまう」
家を出るとき、いってきますという父。それを見送りながら、もし帰ってこなかったらと考えたことがある。私は、捨てられるかもしれない、と。
一旦味わってしまうと、失うのが怖くなる。
「幸せって、怖いですよね」
「……ええ」
「でも私らは我が儘ですから、暗い闇の怖さよりも、甘い痛みを生むような怖さを選ぶ――――私はですね、それを父にぶつけました。溢れだしたものが爆発するように。いきなりべらべらと話しはじめた私に、目を丸くしていましたが、ちゃんと聞いていました。それに、なんといったと思います?」
「何て言ったんです?」
「その程度か」
「えっ」
驚いて足を止めた私に、ゼノンが小さく笑う。
「今度は私が目を丸くしました。いえ、苛立った、のか。せっかく拙い言葉を総動員させての爆発だったのに、この人はわかってくれない、と」
「そう思ってもおかしくないですよ。だって…」
「ですが、まだ続きがあって―――父は俺なんてなぁ、といい始めたんです」
俺なんてなぁ。いいか、よく聞けよ。俺なんてな、毎日不安だぜ。朝起きてから、まず体が動くことにほっとする。体が動くのが当たり前だなんて思うなよ。神官ってのは結構あぶねーんだ。変な術くらってばったり、なんていうこともあるんだぞ。
それからだな、お前のことだって不安だ。俺は見ての通り男やもめだ。ま、あいつが生きてたならまだマシだったかもしれねぇが。俺なんかのところで幸せに生きていけるかとか、考えてるんだぜ――――。
「そのとき、初めて父が結婚したことがあることを知りました」
「わ、私も今知りましたよ!」