とある神官の話
"あの"アガレス・リッヒィンデルが捕縛されたことや、指名手配されていたヤヒアの死亡などの話が世間を賑わせてから、少し。民衆の話題ではそれらが話される割合が減っていた。
同時に神官ら(とくに女性ら)では他にもとある話でもちきりだったのだが、それを確かめるべく勇気ある女性(複数存在)が噂の本人へぶつかる。すると「ええ、本当ですよ」などと返されて事実だとされ、とあるファンクラブは泣く泣く解体することになったとかならならないとか――――。
季節は、冬となっていた。
――――――……。
この時気になると、何かと忙しい。
年末が近づくにつれて、祭事が続く。まず二十四日から三日間行われてるものと、新年のと。他にもあるのだが、私のようなしたっぱは関われないものもある。
ちなみに、だ。
去年の今ごろ、私は聖都にいなかった。どこにいたかというと、聖都よりも多く雪が降るノーリッシュブルグであった。
ノーリッシュブルグでも色々なことがあった。レスティとヨハンのムブラスキ兄弟との出会いとか、リリエフという指名手配犯と戦うことになったりとか…リリエフのことはもう思い出すとげんなりしてくる。
それから、と私は身に付けているネックレスへと意識が向いた。
"雪の思い出"
ハリベヌス一世がミゼレット王妃のためにデザインしたといわれるものの一つ、らしい。ハイネンが説明してくれたそれはシンプルで、雪の思い出というタイトルだが、季節を問わず身に付けられる。
貰ってからというものの、身につけることが多かった。
貰った当時、私なんかが貰ってもよかったのかだとか、高いんじゃとか、それよりも彼の思いにどう答えたらいいのか、悩んだ。だって、好きだって…と。私は平凡だ。美人でもなんでもない。釣り合わないではないか、と思ったのだ。
美人じゃない女が、ファンクラブなんかがある人に好きだだなんていわれるなんて信じられない。まるで物語じゃないか。
――――でも。
現実、で。
――――ドアのチャイムが鳴った。
それは来客を意味する。しかし、と私は寝ぼけたままベッドの近くにある時計をむんずと掴んだ。時間にして、夜中。
―――なんだ…?
布団をはねのけるように起きた。思い出されたのは、前に家が荒らされたということ。
暖房器具が最低限ついて、小さな光となっていた。指をふって大きくする。こういう時、能力持ちの"魔術師"でよかったなと思う。
上着を着ながら、玄関へと向かう。
誰だろう。
万が一に備え、すぐにでもぶっぱなせるようにしておこう。
ゆっくり扉を開けば、「えっ」外は真っ暗。そこにはチャイムを鳴らした人物が白い息を吐きながらたっていた。
「え、あ、アゼル先輩…?」
そこにいたのは、アゼル・クロフォードである。はっとして「とにかく、入ってください」と家へとあがらせる。見れば私服だ。どうやら休みだったらしいことがわかる。
暖房器具の温度をあげる。
あたたまるまでまだ時間がかかるので、私は台所へと向かう。あたたかい飲み物を出そうと考えたのだ。
しかし、何故こんな夜中に?
訪問者が先輩であったことにまずは安心したが、やはりおかしい。ぼんやりとしているその顔は、ココアを飲むといささかほっとしたようなものとなる。
「先輩、あの、どうしたんですか」
いつもと様子の違う先輩は、ココアの入ったマグカップを両手で持ったまま「ねぇ、シエナ」と口を開く。
「結婚してくれといわれたらどうする」
………え?
ちょ、ちょっとまって。今、とんでもない言葉を聞いた気がするんだが。飲もうとしていたココアから顔をあげる。
「あの先輩、私の聞き間違いじゃなければ今結婚って」
「うん。聞き間違いじゃないよ。何だかわからなくて」
「一体何があったんですか?」
「ついさっきまで、キースと一緒だったんだ。それで、その、帰り道に言われて」
「ええ!?」
まじですか。
アゼル・クロフォードといったら、たくましい人だ。そんな先輩の様子をおかしくさせる何かは――――とんでもないことだった。いや、とんでもないというわけではないが、なんかちょっと、あれ?となる。
先輩がキースというなら、あのキース・ブランシェ枢機卿しかいない。昔から仲が良い(どちらかというと先輩のほうが強い)らしい二人は、私が知る限り付き合っていなかったはずだ。私がゼノンと恋人同士となってからも、とくに変わりはなかった。
ブランシェ枢機卿はたまに、先輩とご飯を食べに行ったり飲みに行ったりしていたようであったが、それは前々からのことである。
あれ。