とある神官の話
世間一般では、結婚するまでに付き合うという期間がある。まあ、ないこともあるが…先輩はごく普通の家出身だし、確かブランシェ枢機卿もだ。一般人である。付き合っていないのに、いきなり結婚?いやいやいや、違うでしょう。
私がテンパりそうになる。
「普通、付き合ってから結婚でしょ―――そもそも付き合っていないのに何でいきなり結婚なんだ?」
「な、なぜでしょう」
「今すぐしなきゃならない理由があるとか?見合いとかすすめられてるから断る理由に、とか…?まあ、あいつはモテるもんな。私なんかガサツで口悪いし女らしくないし、恋人よりも友達っていう感じだし―――」
ああなんということだ。
アゼル・クロフォードといったら、自由人で少しばかり口が悪くて、面倒見がよくて優しくて頼りになる、私の大切な人である。男まさりだが、料理とか得意という女性らしいところもある。
それから、そう。
先輩がブランシェ枢機卿のことが好きだということも、私は知っている。
「告白というか、求婚ですよね、それ」
先輩の顔がみるみる赤くなる。
何だかかわいい、と思ってしまった。
先輩の気持ちはわかる。先輩も私と同じように、恋愛とかそういうのに疎いから…。
だから、実はブランシェ枢機卿も先輩のことが好きだっていうのに気づかないのだ。まあ、ブランシェ枢機卿も気づいていないからどっちもどっちなのだが。
ともあれ、何がどうなって求婚になったのか私は知りたい。そういうと、先輩は途切れ途切れになりながらも話してくれた。
二人で食事にいったあと、帰り道で昔話をしたという。昔から知り合いならばそういあ話をするのは別に珍しくない。が、問題はブランシェ枢機卿の、想いの吐露だった。前から好きだったこと、関係を壊したくなかったこと――――結婚してくれ、といったそうだ。
言われた先輩は、最初は冗談だと思ったという。だがブランシェ枢機卿は真剣で、考えてくれ言ったのだが――――先輩は思考が停止しテンパり、脱兎のことく逃走(…)。気がつけば私の家の前にいたという。
こんな時間にごめん、という先輩に私は「いいんですよ」と笑う。「友達でもあるから」と。
だが、やはり私は先輩に聞かなくてはならない。
好きな人からの、突然の言葉。
しかもプロポーズ。
私だってゼノンにあれこれ言われるたびに、心臓が暴れるし、もてあます。叫びたいような、泣きたいような、不思議な気持ち。
「先輩は好きなんですよね。ブランシェ枢機卿のこと」
「……うん」
「先輩は、どうしたいんですか」
「私は…私のままでいいなら、って思う。ちょっと怖いけど」
「なら、大丈夫ですよ」
「…大丈夫?」
私からは両想いなんだから!とか強くはいえない。仲が良かったからこそ、互いに踏み出せない何かがあったのだ。
ブランシェ枢機卿のいきなり、というのはもうちょっとどうにかなったのではないかと思うが、こういうのは男からのほうがなんとなくぐっとくる、気がする
私も、ゼノンの好意に甘えて答えを伸ばしていた。だが、きちんと伝えなくてはならないと思ったのだ。いや、伝えなくてはならない。
少し前まで私は想いを伝えられっぱなしだった。何故私なのかと悶々としながら、答えを伸ばして。彼は私のことが好きだ。好き、という想いはあたたかいものだろうが、痛みもある。今は、わかる。
「結婚とかそういうのは後で二人で考えればいいんです。今問題なのは、やっぱり先輩が気持ちを伝えることじゃないですか?先輩らしい言葉で、ぶつければいいんですよ」
「私らしい、言葉で…」
言葉を噛み締めるように繰り返すと、先輩は「そうだね」と、ここでようやく笑ってくれた―――――。
――――――――………。
―――――――…。