とある神官の話

男のひとりこと




 ―――――――…。



 辺りは静かだった。
 木々のざわめきと、鳥のさえずりが時おり聞こえる。


 墓地がある場所は、大抵ひっそりとしている。それもそうだ。墓地には死者が眠る場所なのだから。
 
 墓地で一人、私はいた。
 別に珍しいことではない。


 とある墓石の前に腰を下ろし、花束をおいてから、堰をきったようにこの墓石の主に話していたところだった。

 話すことはたくさんある。

 自分はなんだって寿命の長い種族なのだ。寿命が長いということは、それだけ多くのことを見るし、知ることになる。それだけではない。多くを忘れもし、置いていかれてしまう――――。



 付き合いは、彼と比べると短い。
 彼―――アガレス・リッヒィンデルは、この墓石の主と付き合いが長いといえる。私と比べて、だが。

 彼らが出会わなかったら、今私はここにいなかったかもしれない。

 会わなかったほうがよかった、だなんて思わない。思えない。それだけ心地がよかったのだ。あの二人は大きな存在だった。


 話すことは、主にこの墓の主が亡くなったあとのことである。
 この主が聞きたいのは聖都のごたごたなどよりも、あの子のことだろう。だから、聖都のごたごたを含めながら話していた。持ってきた酒を飲み、話したそれ。悔しいでしょうね、などといってやる。


 死者のことなど、生者にはわからない。一応自分は枢機卿という身分であるが、神を信じるかどうかといわれると、怪しい。だから、墓地に訪れて話すという行為は自己満足なのだろうと思う。信者が聞いたら卒倒してしまうかもしれないが。

 聞いてほしいと思う。
 届いて欲しいと思う。

 そして、静かに眠っていて欲しい。生者と死者はそれぞれの場所があるのだから。

 もし聞いていたなら、今ごろ羨ましがっているだろう。





「貴方のことですから、生きていたらそりゃもう親馬鹿まっしぐらだったでしょう。いや、馬鹿親、というのも最近あるそうですからねぇ。あの子を守るためとはいえ、本当、驚くほど貴方は頭が回る。いろんなところに手をまわしてるんですからね」




 "もし"。
 それはいつだって考える。もしもあのとき、こうしていれば。

 いくらでも、出来る。だがやり直すことは出来ない。だだ進むしかない。残酷に、時は過ぎていくくせに、痛みはずるずると長引く。

 

「……本当、いろんなことがありましたね」




 ここ数年だけでも様々なことがあった。出来事は突如姿を見せて、人々を惑わせ振りまわす。
 彼ならばもっと早くなんとか出来たかもしれない。彼が亡くなって数年たつが、そう思ってしまう。それくらいは許してほしい。



 ―――――少し前。
 収監されていたアガレス・リッヒィンデルが息を引き取った。

 "あの"リシュターから術をかけられた彼は、捕まった時にはすでに余命が限られていた。もちろんそのことは公にされず、アガレスはひっそりと残りの時間を過ごした。その間、私は何度も会いにいってるし、シエナらもまたわずかでも時間を共有したのだ。
  
 そして彼が眠るように息をひきとるのを、私は看取った。

 これて、友を二人失ったことになる。



 寂しさはある。
 もちろん痛みも。

 だが自分は自分の命つきるまで、覚えているつもりだ。いや、忘れたくても忘れられないだろう。

 安心して下さい。

 口に出してみる。それは死者への言葉というよりも、自分へのものに近いかもしれない。


 これからまた何が起こるのか、始まるのか――――。








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