とある神官の話



「ハイネンさんじゃないですか」



 声のしたほうに顔を向ける。そこには私服姿の良く知る顔があった。
 シエナ・フィンデルと、その隣にはゼノン・エルドレイスの姿もある。手には花束があった。



 
「やあ二人とも。二人そろって墓参りですか」

「ええ」




 からかいを含めて言えば、シエナの顔にうっすら朱が入る。
 前々からそうだが、今もらしい。ゼノンも、だが。

 
 ―――アガレスが息を引き取る前、二人は彼に結婚することを伝えている。

 その時、アガレスは祝福の言葉をのべたというのは聞いていた。ちなみに、この二人が結婚するということになった際に、そりゃまあ荒れたり笑ったり胃痛に悩んだり…した人々がいたのを知っている。

 アガレスが亡くなった今、この二人には結婚式が控えている。

 この結婚式について鼻たれことフォルネウスが無駄に張り切っている。「なあなあなあ新しい礼服どれがいいかな~。というかお嫁さんかぁ…」「貴方のじゃないんですから」「わかってるっつーの。でも、女の子に"お義父さん"って言われるのって、嬉しいだろが」「……変態くさいですよ」などという会話が思い出された。

 ちなみに、シエナの親代わりのアーレンス・ロッシュは、結婚が決まった日やけ酒をして二日酔いの気分の悪さを、バルニエルの神官にぶつけたとかなんとか。
 レオドーラ・エーヴァルトもまた、そこにいたらしい。




「何を話していたんです」

「色々ですよ。自慢話や、あんなことやこーんなことを」

「意味深すぎますよ、ハイネンさん。父が怒って出てくるかも」

「その時はその時てす」




 シエナは花束をおき、膝をつく。そのとなりにはゼノンも。

 そんな二人を、やや後ろから見守っていた。そして言葉を紡ぐ。




『―――静かな眠りがもたらされることを願う―――我らが生を終えてその地へ行ったとき、貴方との再会に喜びあい、笑おうではないか―――友よ、それまでしばしの別れを』




 ヴァンパイアが使っていた古い言葉で、そう言った。
 祈りとは違うが、彼に…セラヴォルグにあっているような気がした。




「今の、なんて言ったんですか」



 
 立ち上がったシエナにそう問われ、「いつかまた会いましょう、というようなことを」と返す。

 生きているなら必ず死ぬ。死の先はどんなものか、誰にもわからない。だからこそ、恐怖もある。そこで友と再会できると考えれば、また変わってくる。

 改めて二人を見る。

 シエナにいたっては、初めて出会った頃と比べると綺麗になったと思う。女性は恋をしすると云々を思い出した。
 こうなるまでの出来事をばっちりしているからこそ、なんというか。





「親の気持ちがわかりますねぇ」

「もしかして父に何か言われたんですか?最近妙に元気で」

「いえ、元気なのは知ってますけど――――ふふふ」

「な、なんですか」





 シエナが怪しい、とでも言いたげな顔をしている。
 
 気のせいであるし、それは自分の思い出の中の彼を思い出しただけのことだが…。

 ―――私の娘。

 そう、セラヴォルグが自慢しているような気がしたのだ。どうだ、私の娘は。そんな風に。彼がいいそうだ。
 血こそ繋がらないが、それでも親と子だ。知っている者から見れば、似ているところもある。

 本当に。

 私も歳を取りましたかねぇ―――そんなことを思う。

 



「いえ、ただ私もずいぶん歳を取ったなぁと」




 シエナが目を丸くし、ゼノンが「ヴァンパイアですからね」と苦笑。

 


「――――幸せになりなさい」




 シエナの父、セラヴォルグ・フィンデルが生きていたならいうだろう言葉を、二人に送る。

 この二人の先が、明るいものとなるように。






  * * *





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