とある神官の話
「後輩に、知ってますか?って聞かれちゃって物凄く困ったんですから」
「どう答えたんです?」
シエナのことだから、さぞ困ったことだろうなと思う。
私のことです、などとはいえないだろう。
「しらを切りましたよ。そしたら…」
「そしたら?」
「エ、エルドレイス神官みたいですねって」
「シエナさん」
「…なんですか」
「顔赤いですよ」
わざと指摘してやれば、シエナが「誰のせいですか」と。それが愉快で「私のせいです」と笑う。
付き合っていた当時から、彼女はこういう感じであった。照れ屋。慣れないから、初めてなことだからと言われたときの破壊力といったらすさまじいものだった。ふふ。それからまた結婚した今もあまり変わらない。
こうして照れているのをみると、昔を思い出す。
――――結婚が決まったころと、結婚した後、それはもう大変だった。
まず、先に結婚していたブランシェ夫妻の妻のほう、アゼルが「この変態に可愛い後輩がっ!」となじられることからはじまった。
養父であるフォルネウスはシエナの手を握り「是非お義父さんと呼んでくれ」「は、はい!」やら、ミイラ男(ハイネン)からは「あれでしょう貴方。毎日(略)」とニヤニヤされる始末。
そして恋敵であった、レオドーラ・エーヴァルトとは殴りあい「てめー、あいつを幸せにしねーとぶっ飛ばすからな!」「誰にいってるんですか!私は海よりも山よりも深く高く愛してます」「っだぁぁぁ!腹立つ!」「な、何してるんですか貴方たちは!」(このあとレオドーラと私はシエナに怒られた)――――などがあったのだ。
それから、身の回りでいう変化ならば、身分が上がったということだろうか。これはつい最近のことである。
数年間の出来事から、枢機卿候補に上がっり、それから枢機卿に選ばれた。選ばれて"しまった"といってもいい。別に高位神官のままでよかった。シエナと生活していくには十分だったし、貯金もある。断っても良かったのだが、まあ、いいかと思った。ハイネンだって枢機卿であっても放浪することもあるし(その度に部下は涙目)、父だってあれこれやっていたという。
枢機卿になろうとならないと、ゼノンさんはゼノンさんでしょう。
シエナはそういっていた。ならば、と断る理由もなかった。が、枢機卿となるとやはり忙しい。
シエナはというと、神官のままだ。が、後輩がいる身である。昇進し高位神官になるのではといわれているが、本人はさほど興味がないらしい。神官だろうが高位神官だろうが、私は私だと。
「――――でも」
シエナは歩きながら、口を開く。
「話を聞きながら、懐かしいなと思って。アガレスのこととか、父のこととか…色々と思い出されて」
シエナは普通の女性神官だ。能力持ちであるというのは珍しいものの、聖都には同じように能力持ちの神官は存在している。彼女もその一人だった。
だが、いつかまわりはそれを、彼女の"普通"を許さないとでもいうように、様々なことが起こり始めた。ノーリッシュブルグやヴァン・フルーレ、バルニエル。指名手配犯との戦いに、彼女自身の過去の傷。
シエナとともに、私もまたそれらに関わっている。だから、シエナの声の裏に潜む悲しさと重さは理解していた。回りや私が思っている以上に、傷ついていることを。
「それから、ゼノンさんがどこからともなく現れるようになったあたりとかは、本当に困ったりして」
「私も必死でしたからね。何とかしてお近づきになろうと」
「だからといって、やり過ぎなこともあります」
「すみません」
「今思うと、犯罪の一歩前のような…」
「シ、シエナさん」
冗談ですよ、と笑う彼女に、敵わないと思う。
話しているうちに、家の近くになった。
結婚することになったとき、家はどうしようかとなった。私はともかく、シエナが住んでいるのは彼女の父のものだ。
私は迷うことはなかった。
シエナさんがよければ、と切り出したそれにシエナは目を丸くした。いいの?と。
私の幼い頃のものなんかは、フォルネウスの家にある。たまにネタにされるのが悩みだが、シエナはどうだ。彼女が今住んでいる家には、彼女の好きな父のものがある。質のいい家具も、本も。それに一軒家であるし、部屋はある。シエナさえよければ、といったそれは、本当なや彼女の許可さえあれば私の荷物を運ぼうと思っていたのだ。
彼女の許可をもらうと、一応彼女の父セラヴォルグの墓へ、娘さんの家に住まわせて貰います、と言いにいってから、私は引っ越した。荷物など洋服や細かい雑貨類くらいである。
婿みたいです、といえば「もっとゼノンさんのもの持ってくれば…」と不満をもらしす。
私のものは、必要あらば養父のもとに行けばいい。たぶん、あの人のことだからかなり張り切って見せるし持ってけ云々いうだろう。
シエナは「自分のものじゃないから、気を使うんじゃ」と思ったらしいが―――否定はしない。だって、彼女の大切な人のものだから。だが、家族になるなら遠慮しているほうが怒られそうだと思ったのだ。そういうと、シエナは「そうかもね」と笑ってくれた。
書斎は立派で、セラヴォルグのシエナへと言葉を発見すると、ちょっと嬉しくなる。
――――シエナの家で生活を始めることになんら抵抗も苦労もはなかったのだ。