脱力系彼氏
 スローモーションで動くあたしに気づいて、看護士さんは首を傾げた。

「どこか行くの?」

「……トイレ」

ぼそりと返事をして、あたしは、壁に立て掛けてあった松葉杖に手を伸ばした。松葉杖を脇にやって、まだ慣れない松葉杖をつく。
足元がふらつき、慌ててベッドのカーテンを引き千切れんばかりに引っ張った。
何とかカーテンは破れず、あたしも転ばずに済んだ。

「だ、大丈夫? 車椅子で連れて行ってあげようか?」

看護士さんが心配そうな目であたしを見つめているけれど、小さく首を横に振った。

「いい」

看護士さんが「ならいいけど、」と小さく呟いたのを聞き、あたしはぎこちなく病室を出た。


トイレで、思わず吐きそうになってしまった。いや、むしろ吐いてしまった方が楽だったのかもしれない。けど、今のあたしには、吐く元気すら、ない。数少ない栄養素を、これ以上、体外に出す訳にもいかないし。

とにかく、看護士さんの話から逃れられるなら、何でも良かった。まだ入院して4日目の朝だというのに、毎日同じ事をだらだら言われるのは、嫌だった。あたしが悪いのだけど。


ふと鏡で見た自分の顔は、蒼白で、自分でも驚いた。入院4日目にして、このやつれ具合。自分でも不安になる。
とりあえず、ぐちゃぐちゃの髪を整え、あたしは、トイレから病室へ向かった。
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