雪の果ての花便り
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彪くんが私を抱きしめたのは、感謝を添えた彼なりの別れの合図だったのかもしれない。
と思い至ったのは彪くんが出て行ってから1週間後のことだった。
「美空さん、今月いっぱいで〈ZinnIA〉辞めるらしいよ」
社内の休憩スペースで弁当を食べているとき、ふいに柚が言った。3月1日が卒業式なのだから、そうだろうと思う。
キッチンで楽しそうに料理を作る彪くんを思い出し、私は口元をゆるませる。
「ギリギリまで働くのが、彪くんらしい」
「それだけ?」
「2月28日にコーヒーブリュレを食べに行こうと思う」
「それで?」
「終わり」
「終わらせない」
「……柚。何度も言うけど告白する気はないよ」
眉を下げて力なく笑うが、もちろん柚には伝わらない。
「いい? 美空さんがアンタを忘れていようが、アンタが美空さんを忘れたふりをしていようが、関係ないの」
「箸で人を指さないで」
「いい? あたしが覚えていたことにして、アンタは美空さんを呼び出して言うの。
『友達に聞いたんだけど、私たち1年前に会ってたらしいよ。1000食目の記念品くれたでしょう? あれ、彪くんだったんだね!』
って言いなさい!」
「柚の発想って本当にすごいよね」
そういうところが好き。私じゃ逆立ちしても思いつかない。
「実践しようとは思わないけど」
「それあたしの台詞だから。まだ時間はあるのに何もしないなんて、ありえない」
「柚。私は彪くんを好きになれてよかったって思うよ。この前、柚をうちに案内して、泊めることもできたしね」
微笑んだ私を柚は怪訝そうにじっと見てから肩をすくめた。
「ほんと強情っぱりなんだから」
私はあと何回ちがうと言わなければならないのかと思ったことで、確かに強情なのかもしれないと気づいた。