雪の果ての花便り
「おかえり、おねーさん」
「……、」
自分を嘲笑っておきながら足元に根雪はないかと探していたせいで、現実と空想の区別がごっちゃになった。
視界に入ったのは見覚えのある黒いボストンバッグだった。
弾かれるように顔を上げる。外階段を3段あがったとろこに彪くんが座っていた。声で彼だと察したのに、微笑む彪くんを認識した途端、心臓が早鐘を打ち始める。
「彪、くん……」
「うん。よかった、会えて。そろそろ帰ろうかと思ってたんだ」
居住者に不審者を見るような目付きをもらったから。と、気にしている風には見えない笑みで彪くんは言う。
「どうして、ここに……」
こぼした疑問は当然のものであり、苦しいほど速まる鼓動も抑えられるものではなかった。
「おねーさんには言っておこうと思って」
彪くんは足元に置いていたボストンバッグを拾い上げ、私が立ち尽くす場所まで降りてきた。
「高校、卒業したよ」
「……おめでとうございます」
「卒業式よりも前の日だけど、探してた人も見つかったよ」
「……おめでとうございます」
「あと、帰る家もできたよ」
「……おめで、」
「それから」と、彪くんがボストンバッグを差し出してくるから戸惑った。いや、もっと前から戸惑っていた。
高校を卒業したらフランスに行くはずの彪くんがなぜ、ここにいるのか。
うっすら今日か明日に出発するのかと思ったのに、なぜボストンバッグを差し出すのか。
〈ZinnIA〉だって辞めたはずなのに、帰る家ができたというのはどういうことなのか。
なにひとつ訊けない。
彪くんと暮らしたのは、〈ZinnIA〉で美空さんに記念品をもらい、恋心を抱いた私とは別の私なのだから。