雪の果ての花便り
ぎゅっとエコバッグの紐を握る私の手はかすかに震えていた。
「それから……なんですか?」
「戻ってきたよ」
差し出されたままのボストンバッグが急に存在感を強める。
出て行った日と中身が同じであればの話だけれど、入っているのは彪くんが私の家で暮らしていたときに持ち込んだ必要最低限の私物だろう。
本当にもう、彪くんは初めて私の家に連れてきたときから予想外の言動ばかりする。
だからこそ私はいつも、彼に振り回されていたように思う。うろたえることも気を落とすこともないようにと、初めに心構えしたそれを無意味にされるほどに。
ひとつひとつの言動に焦ったり、ときめいたり。もっと好きになってしまったり、思わず触れてしまったり。行かないで、と願ってしまったり。
だけどそれで終わりだった。私の恋は今年の冬に、雪と一緒に溶けたのだ。
「戻ってきたって、なんですか……」
「おねーさん言ったでしょ。俺を居候させたこと、後悔しようがないって」
言った。私は本当に後悔していなかったもの。
それが今さらなんだというのだろう。
一緒に暮らしたことも、好きと言わなかったことも、さよならさえ言えなかったことも、悔やむことはなかった。
でも、こんな時間も置かずに会ってしまうとは思わないじゃない。
もう会うことはないと思っていたのに、顔を合わせて声まで聞いてしまったら、波のように後悔が押し寄せる。
「どうして戻ってくるんですか……」
こんなはずじゃなかった。こんなはずじゃなかったから余計に、泣いてしまいそうだ。
『後悔したくない』ばかりに囚われていた私は、『後悔したあとどうするか』の経験が少なすぎる。
だって、できれば後悔なんてしたくないじゃない。私はどうしたって怖いという感情が拭えなかったんだもの。