雪の果ての花便り
彪くんは1歩、距離を縮めてくる。打ちつけるような風に、彪くんの瞳が眼鏡の奥で細められた。
「どうして俺がここにいるのか、わかった?」
「……もっとわかりやすく教えてください」
私が乞うと、
「今の説明でわからないって相当鈍感だよね」
と彪くんは言う。
ひどい。まるきりわかっていないわけじゃないけれど、私はてっきり修業をしにフランスに行くのだと思っていた。戻ってくるのは何年も先で、二度と会うことはないのだと思っていた。
どうしたって引き止められない彪くんがいて。好きなのに想いを告げないと決めた私がいて。
それならば、と。
ひとりけじめをつけるために居候を了承したのに、日本に残ろうとしていたとは思わないじゃない。
「おねーさん、俺がいなくなって寂しかった?」
こんなことを、こともなげに訊いてくる人を好きになったことだってないんだもの。
「寂しくなかったと言えば嘘になります」
「素直だね」
「彪くんは、ずるいと思います」
「ずるいかな。欲張りだとは言われるけど」
「どういう意味ですか」
「前に『俺の努力はきっと悪あがきにしかならない』って言ったでしょ」
「……、言ってましたね」
「わかってない? 俺は妹を見つけて、親を説得して、おねーさんが俺と同じ気持ちになるようにって、必死だったんだよ」
「…………」
「俺けっこうわかりやすかったと思うんだけどな」
彪くんの指先が伸びてきて、私の頬に触れるから、思わず顔を赤らめた。だけどそれ以上に泣きたい気持ちになった私は、すごく変な顔をしたんだと思う。
ふは、と堪え切れなかったように彪くんが笑った。
「俺が居候させてくださいって頼んだのは、おねーさんにひと目惚れしたからだよ」
ずるくてごめんね、と彪くんはやっぱり微塵も思っていないような笑顔で言う。