奴隷戦士
その後、お手伝いさんにこってり怒られて、お布団で鷹介と笑いながら寝た。
「あのお手伝いさんの顔、傑作やったな」
「え、それが見たくてぼくを外へ連れ出したの?」
「あながち間違いではない」
「なにそれ。ぼく、しんどいから寝るよ」
「しかし、あの鐘の近くに三郎がおってよかったよな。あのまま落ちたらケガしとったかもしれん」
「…ん」
「でも、なんであんな人気のないところおったんか―――」
鷹介がブツブツ言っていたがぼくに向けられた言葉ではないことを知り、布団にもぐる。
生ぬるい風と暗闇がぼくを包み、発汗を促す。
肌が水気を帯びはじめた。
それでもぼくの気分は晴れやかだ。
今日は楽しかった。
彰太郎と出会っていないし、その子分とも出会っていない。
なにもされなかったのはいつぶりだろう。
剣をはじめてたった3ヵ月しか経ってないのに、なんだかたくさんの年月をどこかで過ごしていたように感じる。
毎日一日の三分の二は道場で過ごし、切磋琢磨しているうちに自分が強くなったと実感できる。
ぼくより先にいる仲間と対等に試合できるまでに成長し、それに勝つこともできる。
その方で、勤勉な鷹介は、先月、急に亡くなったおっさまの後を継いでしまった。
このことを師匠である円谷 憐翔(ツブラヤ レンショウ)に話したら、信じられないと目を丸くしていた。
と、いうのも、ぼくらを拾ってくれたおっさまの寺には、里親が見つかったりするので壮年や青年がいない。
最高齢は十四歳。
三郎だ。
子供心ながらにぼくは、鷹介がまとめているのなら問題はないと思った。
確かに彼は子供だ。
だけど、頭の回転が速く、口も達者。
絶対に敵に回したくない。
そして、彼はそれを機に、海淵寺 鷹介(カイエンジ ヨウスケ)と名前を改めた。
前にも言ったかもしれないけれど、ぼくらがいるこの地区は、治安が悪い。
そのせいか、否か、苗字がある人は少ない。
てっきり彰太郎は自分がなるものだと思っていたらしく、鷹介に決まった時、暴力への標的がぼくから鷹介に変わるかと思ってヒヤヒヤしたけど全然そんなことはなかった。
そして、俺は今とてつもなく困っている。
最近…いや、1か月くらい前からだろうか。
俺が初めてこの道場に来た時、案内をしてくれたのは、円谷 花(ツブラヤ ハナ)。
つまり、俺の師匠である憐翔さんの娘で、俺の二つ年上だ。
「おはよう、紐紫朗。朝から精が出るわね」
女の子の声がして振り返ると、肩についた少し伸びた黒髪、一重だけど睨んでいるとは思えないほど優しい目、俺と同じ薄い唇を弧に描いている彼女が立っていた。
「お、おはよう…花ちゃん」
そう、彼女が。
彼女に会うだけで、彼女が微笑みかけてくれるだけで、彼女と一緒にいるだけで。
俺の心臓は脈を打ち、体が火照る。
そして、今まで他愛もない会話を幾度としてきたのに、頭が真っ白になる。
だから、混乱してしまって何を言えばいいのかわからないし、今の自分の気持ちを伝えようとすればするほど、羞恥心がそれを拒む。
「……たすけて、誰か」
なんて一人で、寺に帰ってお気に入りの鐘の階段に座って呟いても、返ってくる言葉はない。
どうすればいいのか分からないし、誰に相談をすればいいのかもわからない。
鷹介は忙しいし、師匠に言うとそれはそれで何かと問題がありそうだし。
剣を習っている仲間に言ってみても、軽くあしらわれるだけだったし。
本当、誰か助けて。