奴隷戦士


「お前たち、金目のものを置いていきな。そうすれば命は助けてやる」


夏祭りの決意から数日たったある日、道場からの帰り道を歩いていると、ボサボサの髪に服の役目を果たしていないほど所々穴が大きく空いている布を体に巻きつけた男2人が、前を歩いている男女に言った。


女の隣にいる男はここで見かけないような綺麗な服を着ていて、よく見ると耳や手首、頭の上に装飾品をつけていた。裕福そうな人なのは一目瞭然だった。


男女の手が小刻みに震えている。


「おい、なんとか言ったらどうなんだ?あぁン?」


身なりの汚い男が身なりの綺麗な男に一歩近づき、身を乗り出し、おでことおでこがひっついてしまうほど近距離で話しかけている。


「こ、この帽子ではどうだろうか」


頭の上にあった自分の顔よりも大きな装飾品を男に渡したが、男はそれでは気に入らなかったようで、パシンと音を立てて帽子を地面に落とした。


泥の水たまりに落ちた帽子は水分を吸収してその底へと足を進めていた。


「すまねえなァ、手が滑っちまった」


ゲラゲラ笑いながら男たちはもっとほかに良いものを寄越せと男女に詰め寄っていた。


「これとかいいなあ、なぁ相棒」


「あぁ、そうだなぁ…おい兄ちゃんよォ」


「やめてくれないか」


身なりの良い男の発現と共に、夏なのに空が雪を降らせた。


女は顔を青くし、男二人は顔を赤くしている。


みなりの良い男は帽子を拾って汚れた場所を眺めていた。


「お前、いま何て言った?」


男の顔がさらに近く。


「やめてくれと言ったのだが聞こえなかったのか」


彼は帽子を見たまま言った。


「てンめぇ…」


怒りの色を持った男が帽子を再度、地面へと突き落とした。


男女が息を飲んだ。


「まったく不愉快極まりない!金が欲しいのであれば自分で稼ぐべきだ!それができないからって人にたかるとは人の風上にも置けない!まったく不愉快だ!やめてくれ!」


ついに男は声を荒らげた。


隣で女が口を両手で抑えている。


やはり手が小刻みに震えていた。


「あ?」


「やめろと言っているのが、分からないのか!」


それを聞いていてぼくは何かに気づいたような気がする。


今まで彰太郎たちにいじめられてきて、いやだと拒絶した後に、それでもしてくる彼らに何度もやめろと言ったことはあっただろうか。


やめないのであれば、やめさせる。


やめてくれるのを待つ僕とは違って、彼はそんな考え方をしていた。


「君!刃物を出すなんて卑怯だぞ!ぼくはそんなことに屈しない!この加藤家に誓って!」


「もう…うるせーな、すんなり渡す気がねえなら女さらってこいつ殺しちまおう。素直に金目のモン置いて行きゃあ助かったのによ、頭の悪いやつだな」


女は泣いていた。


もうやめて、いいから、逃げようと男に懇願しているが、彼はそれどころではなく、彼女の声が届いていないようだった。


ぼくは刃物を持っている男に石を投げ、命中したのを確認して、ちょうどその辺に落ちていたいい感じの太刀のような棒を使って男二人に向けて足を払った。


棒がスネにあたり、痛い痛いとわめく彼らをよそに、ぼくは男が落とした刃物を男たちに向けた。


さっきまで威勢がよかったのに急に萎縮した。


顔から血の気が引いている。


自分の武器は最後まで、何があっても手から離してはならない。


師匠がそう言った意味がやっとわかった。


手を離したら、どこかへ行ってしまうからだ。


それが敵のところか、それとも全くわからない場所かもしれないからだ。


今のように、手を離すとそれは自分が使えなくなることもあるのだ。


「なっ!?幼い子が持つものではない!それは人を傷つけるものだ!」


「そ、そうよ、ぼく。あなたがこんなことをしなくても良いのよ」


「おいこのガキ!何してんだ!俺の獲物を下ろせ!」


「ぼ、ぼくちゃ〜ん、それは怖いものだから人に向けたらダメだよ〜」


そこでもめていた4人は驚きと焦りを混ぜたような顔をしていた。


その後、男女は黙って事の先を見守っていたが、刃物を男女に向けていた男たちは、ぼくが持っている刃物を如何にして下ろさせるか口々に言葉を吐いていた。


最初は驚き焦りながらも、どこか悠然としていたものの、何を言っても何も答えないぼくを見てだんだん焦っているようだった。


ぼくが少し刃物を持つ角度を変えると、水を打ったように静まりかえり、男の顔に恐怖が浮かんだ。


さっきまで自分が向けていたものなのに、いざ人から自分に向けられるとこうも怯えるものなのか。


その刃物は少し重たい。


なにか重たいものを背負っているようだった。


目の前には怯えている男が二人、後ろには緊張した顔をした男女がいる。


4人ともこの先を見守っている。


生かすも、殺すも、ぼく次第だ。


『生き物を殺してはならない。苦しめてはならない。自分たちが死んだ後にそれ以上に苦しいことが自分に返ってくるからね。自分を苦しめることなんてもってのほかだよ』


でも、おっさまはそう言った。


ぼくはどうすればいいのか、分からない。


その間に、座り込んでいた男が逃げた。


逃げた男を追って、男も逃げていった。


残されたぼくと身なりの良い男と目が合った。


女は男たちが逃げていった方向をじっと見ていた。


「君にそんなことをさせてしまって…まったく、ぼくは情けないなあ」


少し困ったような顔をして、ぼくにお礼を言って、彼らは去って行った。


刃物を相手に向けるということは、相手に殺意を向けるということだ。


師匠に教わっていたことではあるがようやく身に染みた。


ぼくが師匠たちに教わっているのはおっさまたちの教えに背くことなのかもしれない。


それを、どうしておっさまは許してくれたんだろう。
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