奴隷戦士
「それでぼくは、」
――ガタンッ
「!!?」
走って疲れて、二人で他愛もない話をしていたとき、不意に大きな音がした。
なにかが壊れるような、倒れるような、地面に叩きつけられるような、とても嫌な音だった。
「紐紫朗、逃げて!!!」
大きな音に素早く反応したのは紛れもなく、ぼくではなくて、彼女だった。
彼女は直ぐにそう言い、焦った表情を浮かべ、部屋の真ん中に置いてあった机の下から隠してあった木刀を掴んで、障子をサッと開いてぼくを廊下に追い出した。
「花ちゃん!?」
急のことでぼくは、何が何だかさっぱりわからない。
だけど、その大きな音だけで「逃げて」と言葉を発した彼女の背中は、前にもこんなことがあったのだと言っているようだった。
「紐紫朗、聞いて」
小さな花ちゃんの声がこの障子を隔てて、冷たい廊下にいるぼくの耳に届く。
彼女はぼくのことを紐紫朗と言った。
嫌な予感がした。
「西の方向に階段があるから、降りて近所の大人にこのことを知らせて」
その言葉を聞いて、ぼくは、自分の眉間にシワが寄ったことに気付いた。
「花…?」
「私のことは大丈夫よ。円谷憐翔の娘だもの。あ、その近くに押入れみたいな場所ない?そこに蓮(ハス)があるわ。私のお気に入りだけど紫朗にあげる」
そう言われて、今生の別れのような気がした。
理由はない。
ただ、漠然と。
もしこのまま階段を下りてしまったら、ぼくは彼女ともう二度と会えないような気がした。
「紫朗、早く行って」
そう言う彼女の言葉が震えていた。
左を見ると、確かに押入れのような場所がある。
戸を引いて中を見ると、綺麗な刀が一口(ひとふり)置いてあった。
きっとこのことだろう。
「花、」
ぼくは彼女が言った蓮を手に、障子を開けた。
「ちょっ、何してんのよ!!?」
信じられない、という表情を浮かべた彼女がヒソヒソ声で怒鳴る。
そんな彼女をぼくはじっと見た。
そんな普段と違うぼくの様子に気づいたのか、彼女は不安そうにぼくに目を向けた。
「し、紫朗…?」
彼女が「逃げて」と叫んだ。
これから何か悪いことが起こるんだろう。
「花は、ぼくが護る」
彼女が驚き、赤くなるのと同時に「ここか!」という大きな声とバァンという音と共に、目の前の襖が蹴破られた。
大きな大人が二人立っていた。
手にはたしか銃と呼ばれるものが握られていて、何がそんなに楽しいのか、ニタニタと笑っている。
彼らが来たであろう方向を見ると、畳が血で汚れ、誰かが負傷したのだろう。
彼らの服や胴体に血がついていた。
そして、彼らの遠い向こうから、火の手が上がっていた。