ビロードの口づけ 獣の森編
子どもの頃、面倒を見てくれたのは乳母で、遊んでくれたのは兄だった。
母の気持ちを垣間見る機会はほとんどなかった。
クルミがジンの元へ行く事になった翌日、久しぶりに言葉を交わした母は、本当に幸せそうだった。
おそらく前日にクルミの事で父とゆっくり話をしたのだろう。
そしてこれまでの誤解が解けたに違いない。
父が母に子どもを産まなくていいと言ったのは、世継ぎよりも母の命を優先したから。
そしてクルミを大切にしているのは、自分の血を引く娘であり、母との間に産まれた唯一の子どもだから。
兄を養子に迎えた時点で、父に離縁の意思がない事も分かる。
母は父を愛するがあまりに不安に捕らわれて、肝心な父の気持ちを見誤っていたのだろう。
ジンから聞いた貴族社会は、夫婦や家族に対する情が希薄で、ミユから聞いた血を残すという事に特化した獣社会に似ている。
けれど真剣に相手を選んでいる獣たちに対して、貴族たちは相手を選ぶ余地がない。
それがより一層、家族関係を冷たいものにしている気がした。